#1225 ゴスペルのエッセンス「救い」

メッセンジャー似顔絵
はい、皆さん、こんにちは。ただ今ご紹介にあずかりました高原です。
実は最近注目されている、認知症の一つのセラピーとしてね、メイクセラピーというのがあると聞きました。メイクセラピーというのはね、例えば施設に入っているおばあちゃまなんかが、鏡見てね「シミが出てる、シワが出てる・・・」なんかそういう自分の顔を見ていたらね、積極的に人と会いたくなくなります。
そうやってね、人と会いたくなくなったら、外にお出かけするのがおっくうになります。外に出かけなくて、家の中に部屋の中にずっと閉じこもっていたら、人間てのはメンタルが不健全になるんです。だからと言って、無理やりひっぱり出しても「見られたくないのよー」って。で、その時にほっぺたを血色が良いようにしてあげたり、あるいは口紅ちょっとつけてあげたり、そしてそれを単に外面的にするだけではなくて、心理療法と組み合わせることによって、今までうつむきかげんの人を前向きにすることができる。メイク療法っていうんですが、これどこから始まったかというとね、アメリカの少年刑務所から始まったんです。

神に消せないものはない

アメリカにも成人が行く刑務所と少年少女が行く刑務所があります。もちろん鑑別所があって、判定されて少年刑務所の方に行くんですけれども、その中でね、ある子どもたちは病んでいるんです。そして自分のしでかした過去と向き合ってほんとに許せなくなって、非常に重いメンタルの病気になってしまったりする。そのうちの一つに顔に傷がある場合があるんです。ある犯罪をやった時に抗争になってそれで傷を受けた場合、その傷を見るたびに過去にやらかした過去に戻りますね。あるいは、ある場合ね、所属しているギャング団というか、そういう少年非行のチームの中で無理やり顔に入れ墨を入れられているケースがあるというんです。その入れ墨っていうのがただの模様ではなくて、言葉なんですね。アンダードッグという言葉です。アンダードッグって日本語に翻訳したら、負け犬。そういうものを自分の顔に刻印されてしまったらね、どんなに前向きになろうと思っても、鏡見るたびに、負け犬、負け犬、俺は負け犬なんだってね。それでこのタトゥーであったとしても、レーザーで消すことができるっていうんですね。このレーザーできれいに消してあげることによって、劇的に前向きな考え方に変わるということがあったので、それを応用してメイクセラピーというのができたというんです。
みなさん、私たち自分の人生を振り返っていったときに、あーこんなこと、あんなこと、あんなことやってしまった。これ全部洗われたらどんなにいいだろうかって思ったことありませんか。人間というのは言葉を発するまでは言葉の主人ですが、一旦発してしまったらその言葉のしもべになります。私も言わなきゃよかったなということでね、言ってしまったことたくさんあるんです。これ、もいっぺん、ウーって吸い込みたいですよ。できない、それ。なんであんなこといっちまったんだーみたいな。だけど、入れ墨に対してそれを消去する方法があるように、私たちの人生の中で犯してきた様々な罪をなにもかも真っ白にきよくする。きよめて洗い流すことができる。神さまはそのことをすることおできになるというのです。

罪を洗いきよめる方法

実は私に娘が一人おりましてね、子ども三人いてるんですけど、一人女の子。まぁね、やっぱり、男親はね、娘がかわいいんですよ。ま、三人の中で一番私に似てるん。なぜ笑うんですか。
実はこの子がまだ三歳くらいの時にね、私はあの、公園に散歩に連れて行きました。その時、脱サラしましてね、しばらく子どもの相手をしようということで公園に遊びに行ったら、私の知り合いがいましたので大人同士の会話になり、つい娘から目を離してしまったんです。「お父さーん」って遠くの方で私を呼ぶ声がしたんですが、振り向きませんでした。ところが益々大きな声で「お父さーん、見てー」って言ってね、振り返ると、鳩捕まえてるんですよ。あの、鳩ってね、生きてる鳩ですよ。ほんでね「お父さん見て、鳩捕まえた」ゆうて、三歳児が。親の顔が見たい。まあ、捕まえた現場見てませんからね、えー今でも不思議だなと思ってるんですが、問題ここからですよ。解放してやらないんです。
「さあ、もうハトさんしんどそうだから、ハトは空飛びたがってるからもう自由にしてあげて」「いや。飼う。鎖でつないで」「それはあかんから」もうね、いや、いやゆうたびに鳩がぎゅっぎゅっぎゅっと、押しつぶされそうなって「いややー」と言った瞬間に大量のフンをしたんです。娘の頭上にね、ドドドドドドドドド、驚きましたね。でもさすがに娘は鳩放したのです。ところで、私は鳩のフンが嫌いです。しかし、娘は、愛しています。汚れていない娘を愛しているのではなく、汚れていても汚れていなくても、娘は娘です。泣きべそかいて「お父さん」というふうに来たときに、喜んで迎えて、きれいに洗い流したのです。公園の水道で、一つも残ることなく、きれいに何度も何度も何度も、洗い流してやりました。それをするのは私にとって苦痛ではないんです。喜びなのです。というのは、私が愛している人がしあわせになることが、私のしあわせだからです。私は娘を愛していますから、そのようにしました。
それと同じように、神はフンではなく私たち自らがやらかした様々な罪によって、実は私たちの人生は傷だらけで、自分で見ても軽蔑したくなるようなことがいっぱいある。でもその自分の罪をなにもかもきよめるために、神はイエス・キリストという方を遣わしてくださったのです。鳩のフンを洗い流すんだったら、水道水でいいでしょう。しかし罪をきよめるためには、水道水ではどうにもならないのです。この罪を赦すために神は、ご自分のひとり子イエス・キリストの血潮で私たちをきよめたというのです。今から二千年前のことです。神はご自分のひとり子をこの世界に遣わしました。この人となられた神こそはイエス・キリストです。キリストは悪いことは何一つなさらなかった。いや、良いことしかしなかった。不治の病の者のところに行って癒やしを与え、罪に苦しんでいる者のところに行って赦しを与え、死におののいている者には、永遠のいのちがある、天国があるって、生ける希望を与えて、良いもの全部提供した後で、全く罪がないのに、当時最もひどい死刑の方法であった十字架にかかられたのです。いや、十字架にかけられたのではなく、自らかかりに行かれたのです。キリストは十字架にかからないようにしようと思ったら、いくらでもその方法がありましたが、しかしこの方は自ら十字架にかかり、私たちの罪の身代わりとなってくださったというのです。

ただ信じるだけ

みなさんはスマートフォンをお持ちでしょう。このスマートフォンには様々なアプリがありますよね。iPhoneには約4800のアプリケーションがあるそうです。いろんな便利なアプリがあって、天気予報がわかるアプリ、格安チケットがわかるアプリ、心拍数がわかるアプリとかいろんなアプリがあるんですが、どんなにすばらしいアプリがあったとしても、それが自分のものになるためにはダウンロードしなければなりません。あなたのためには永遠のいのちと完全なる罪の赦しが、すでに神さまのアプリケーションとして準備されているのです。しかしそれをダウンロードする必要があります。そのダウンロードというのは、ただ信じるだけでいいんです。
私の罪のために十字架にかかって死んでくださった方。墓に葬られた方。三日目に死を突き破ってよみがえってくださったこのイエス・キリストを、自分の救い主として信じる者には、神が永遠のいのちを与えてくださるといいます。そして全知全能の神さまにエスコートされながら、この地上の人生を歩めるのは、本当に痛快なことです。いかがでしょう。ぜひこのイエス・キリストを信じてください。そして新しいいのちをいただいてくださいますように、心からお勧めして終わりたいと思います。 


使用CDジャケット
Migiwa:帰ろう

今日のみことば
神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。それによって神の愛が私たちに示されたのです。
(1ヨハネ4:9)