#1200 人生を支えるキリストの平安

メッセンジャー似顔絵

ごきげんいかがですか。慶相龍です。

さて、あなたはALSという病気をご存知でしょうか。日本語で筋萎縮性側索硬化症といいます。この病気にかかると筋肉が徐々に痩せて体が思うように動きません。治療薬もないのです。『神様がくれた弱さとほほえみ』という本を読みました。著者である西村隆さんが、ALSにかかってからの体験記を紹介してくれているのです。西村さんがこの病気を発病したのは今から26年前の37歳の時でした。ALSは進行の速さに個人差があります。発病して半年で全身麻痺になる人もいれば、何十年も進行しない人もいます。西村さんは奥様とこんな話をしました。「とりあえずこの一年を精一杯、悔いのないように生きよう」。そして小学生になったばかりの娘さんを筆頭に、三人の子どもを連れて一家でハワイ旅行に出かけたのです。旅先でサムさんという戦争経験者で、日系アメリカ人の方と知り合いになりました。サムさんは言いました。「安心なさい。子どもはあなたがいなくなっても、しっかり生きていくよ。大丈夫、安心しなさい」。サムさんがポツリと放ったこの言葉を聞いて、西村さんはそれまで抱えていた言葉にできない重荷や緊張感から解放され、喜びの涙を流したそうです。実は西村さんとサムさんとの接点はその一回限りだったのですが、「安心しなさい」という言葉は西村さんの人生を支え続けたということです。ところで、キリストは「平安があなた方にあるように」と言って、私たちの人生を支えてくださる方なのです。聖書のことばです。

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちがいたところでは、ユダヤ人を恐れて戸に鍵がかけられていた。すると、イエスが来て彼らの真ん中に立ち、こう言われた。「平安があなた方にあるように。」

キリストが与える平安について三つのことを考えましょう。

キリストはあなたを受け入れてくださる平安

一つ目に、あなたがどんな罪人でも、キリストはあなたを受け入れるという平安です。このとき、弟子たちの前に現れたのは、十字架で死んで三日目によみがえられたイエス・キリストでした。イエスが、ユダヤ人たちに無実の罪で捕えられたとき、弟子たちは自分たちも捕えられはしないかと恐れ、皆イエスを見捨てて逃げたのです。ところが、キリストはそんな弟子たちに現れ、「平安があなた方にあるように」と語られたのです。弟子たちが、自分の失敗を帳消しにするような何か素晴らしいことをしたからではありません。キリスト自らが十字架で死ぬことによって、全人類の罪を償い、キリストを信じる者をありのままで受け入れるための準備をしたうえで、「平安があなた方にあるように」と言ってくださったのです。キリストを信じて、ありのままのあなたがキリストに受け入れられている平安をご自分のものとしてください。

神が計画通りの人生としてくださる平安

二つ目に、人間が神に従って生きるとするなら、その人の人生は神の計画通りの人生になるのだという平安です。私は赤塚不二夫さんの代表作である『天才バカボン』という漫画が大好きでした。バカボンのパパが語る「これでいいのだ」という決め台詞は今でも大好きです。どんな失敗をしても、どんなくじけそうな状況になっても、「これでいいのだ」と自分を受け入れ、状況を受け入れ、次の話に進んで行くというバカボンのパパの姿勢に私はパワーを感じるのです。ところで、キリストの生き方はまさに「これでいいのだ」という生き方でした。ユダヤ人たちは、自ら神と名乗るイエス・キリストを心から憎みました。社会から抹殺しようとしました。そして、本当に殺そうとして十字架にまで追いやったのです。しかしキリストは、ユダヤ人たちの陰謀を意にも介さず、父なる神を信じ、父なる神に従って生きるなら、「これでいいのだ」という態度で生ききった方なのです。その結果父なる神は、ユダヤ人の陰謀さえも用いて、キリストが全人類のために死んでよみがえる救い主、メシヤであることを証明してくださったのです。神を信じて生きるなら、神のご計画通りの人生になる、神に従って生きるならこれでいいのだ、この事実をキリストはその御生涯をもって示してくださったのです。あなたにも神を信じ、神に従い、私の生き方はこれでいいのだという平安を持っていただきたいと思います。

復活のいのちによる平安

三つ目に復活のいのちによる平安です。弟子たちは、ユダヤ人たちを恐れて部屋に鍵をかけていました。殺されるかもしれなかったからです。しかし、復活したイエスに出会ってからは、死を恐れることなく、イエスの復活を証言する勇敢な人になったのです。がん研有明病院の腫瘍精神科に勤めている清水研という方は、その著書『もしも一年後、この世にいないとしたら。』の中で、人が死ということに抱く恐怖を三つにまとめて紹介しています。一つ目の恐怖は、死に至るまでのプロセスに対する恐怖です。この恐怖は緩和治療の専門家と相談することで和らぐでしょう。二つ目の恐怖は、自分がいなくなることによって生じる現実的な問題、例えばまだ子どもが小さいので将来のことが心配だとか、高齢の両親が悲しむし、その世話をどうするのかなどの恐怖です。この恐怖は信頼できる方と相談することによって和らぐでしょう。三つ目の恐怖は、自分が消滅するという恐怖、すなわち死そのものに対する恐怖です。この恐怖について清水さんは、死んだ人から話を聞くことはできないと、死を恐れる原因となる要素を鋭く語ってくださいます。そこで私は、キリストを紹介したいのです。この方は一度死にはしましたが、死を打ち破って三日目によみがえった、死に対する勝利の専門家なのです。この方に死に対する恐怖について相談するなら、その答えはこうでしょう。「平安があるように」。なぜならこの方はご自分のいのちをもって、あなたが死後に受けるべきさばきをなくしてくださった方だからです。死んで三日目によみがえって、あなたがキリストを信じるなら必ず与えると約束された永遠のいのち、復活のいのちが確かに存在することを示してくださった方だからです。そして、キリストを信じる者の先駆けとして天に昇られ、今もそこにおられて、あなたをそこに迎え入れるための天の家を準備してくださる方だからです。キリストを信じ、この方の与える平安をご自分のものにしてください。心からお勧めします。


使用CDジャケット
Mariko:川のような平安が

今日のみことば
その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちがいたところでは、ユダヤ人を恐れて戸に鍵がかけられていた。すると、イエスが来て彼らの真ん中に立ち、こう言われた。「平安があなた方にあるように。」
(ヨハネ20:19)