#1081 クリスマス―史上最大のプレゼント

メッセンジャー似顔絵

ごきげんいかがですか。高原剛一郎です。

さて今年は、コロナウイルスで明けてコロナウイルスで暮れようとしています。この病気の抑え込みについてはいまだにメドが立ちません。今年は家の中に閉じこもる時間が、多かったんじゃないでしょうか。
さてそれとは比較にならないほど、決定的に家の中に閉じこもる生活を強いられてきた人々がいました。ユダヤ人です。

第二次世界大戦中のユダヤ人

第二次世界大戦の時、ドイツにフランク家というユダヤ人の一家がいました。三百年以上もドイツで生活している人たちです。
ところがユダヤ人狩りが始まったんです。ここにいては全滅するということを悟ったお父さんは、一大決心でオランダに移住します。ところがそのオランダでも、ナチスの魔の手が伸びてきました。そしてとうとう彼らは、オランダのとある隠れ家に引っ越しをしたのです。
この一家のひとりがアンネ・フランクです。彼女は日記の中に隠れ家の生活を克明に記録しています。狭い空間に八人で生活するんですね。外へは一切出られません。ほんの少しでも音を立てて誰かに見つかれば、一巻の終わりです。
カーテンは閉めたままで、水を流す音が響かないよう、トイレの使用は早朝と夕方以降のみ、部屋の空気の入れ替えも深夜になってからです。咳ひとつ自由にできない生活の中で「一度でいいから心から大声で笑いたい」「ひとりになりたい」「新鮮な空気を深呼吸したい」「太陽の下で走り回りたい」。
しかしそのようなことはすべてかなわぬ夢です。このような状況がひとりひとりにストレスを生み、家族間の関係が少しずつギスギスし始めて行くんですね。

力づけるプレゼント

ところが1943年の12月、フランク一家をかくまっていてくれていたオランダ人女性から、サプライズで、クリスマスケーキが差し入れられたのでした。ケーキの上には「1944年を平和の年に」と書かれていました。
この優しい隣人のプレゼントは、この一家に喜びを吹き入れたのです。特にアンネの心の中に、感謝の気持ちが沸き上がりました。これをきっかけにアンネは、自分がお母さんに悪態をついたこと、日記の中にひどい悪口を書いたことなどを反省するようになります。そして辛いことばかり考えていても仕方がない、これからは楽しいことを、感謝すべきことを見つける達人になろうと決心し、やがてこれを境に日記の中に彼女が見つけ出したささやかな喜びの記録が書き込まれていくことになるのです。そしてそれが家族を愛していく力になっていくんですね。
誰かを愛するようになるためには、まず誰かから愛される必要があるようです。戦時下のクリスマスケーキは、彼女の心に愛を届けるメッセージとなりました。今、世界のどこにもナチス・ヒットラーはいませんね。しかし私たちの人生の中で、私たちを踏みつけたり、脅かしたりする者や、事件はやはり現在もあるのです。
神はそんな私たちを力づけるためにケーキではなく、クリスマスの主人公であるイエス・キリストをこの世に遣わしてくださったのです。聖書に次のような言葉があります。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生れになりました。この方こそ主キリストです。」さてここから三つのポイントでイエス・キリストについてご紹介いたしましょう。

神が人となられた

第一に、この方は神なのに人として生まれた方です。
この世界に存在するものは、皆存在しないときがありましたね。つまり皆、生まれたときがあったのです。宇宙ですらも、スタートがありました。つまり、あるときから存在するようになったのです。
ところがこの世界を造られた神は、初めから存在していたのです。存在しない瞬間が、一瞬もなかった。これが聖書の語る創造主です。その神が人となって、この世に生まれました。この方がイエス・キリストです。イエス・キリストは人となられた神です。

聖書の約束

第二に、この方はダビデの町で生まれた方です。
ダビデというのはイエス・キリストが到来する千年前のイスラエルの王様です。実は旧約聖書の預言によると、人となってくる神はダビデの子孫、ダビデの町で生まれる、という約束があるのです。つまりダビデの町で生まれるということによって「神は必ず、した約束を必ず果たす神だ」とメッセージしているのです。
神は、約束反古は絶対にしません。聖書の約束はことごとく人類に対して果たされてきました。その記録がバイブルなのだと語っているのです。

あなたの救い主

第三に、イエス・キリストは救い主としてお生まれになったことです。
今年私はYouTubeの個人チャンネル、「ごうちゃんねる」というのを始めました。いつもは書斎で収録していましたが、思い切って自宅にスタジオを作ることにしたのです。
ところで部屋というのは、知らない間に物がたまっていく傾向がありますね。もう何年も使ってないものが、捨てられないままにドンドンドンドン増えて、いつの間にか見るだけでうんざりするようになります。いったい誰がこの大量のものを、どうやって運び出して処分してくれるんだろうと、まぁ途方にくれてしまうんですね。自分でやろうと思うと作業の大変さや、どこから手を付けたらいいのか途方にくれて、気持ちが暗くなります。
ところで私にはクリスチャンの友人で、凄腕の便利屋さんをやっている人がいるのです。同じ集会のメンバーで、気心も知れていて、何でも相談できる人です。私は部屋のかたずけという、自分の悩みを彼に相談しました。そうしましたら、「一度現場を見に行きます」と二つ返事で申し出てくれたんです。そして手早く部屋を見渡して、次の週には工事に取り掛かってくれたのです。
彼が来るたびに部屋のものはどんどん減って、天井の色も、壁の色も、どんどん明るくなっていきます。私を憂鬱にしていた荷物が、ひとつづつ消えていく、これは気分爽快そのものです。次第に彼が家に来るだけで、目の前に光がスーッと差し込んでくるような気持になりました。
キリストは私たちの人生の荷物を、解決するために来てくださった方です。なぜならこの方は、救い主として来られたのです。さばき主として来られたのではありません。救い主として来られたのです。私の罪という特大の荷物を、永久処分するために来てくださったのです。
それだけではありません。日々私の人生を、明るい望みのあるものへ変えていくために働いてくださる方なんですね。今から二千年前、ダビデの町であなたのために救い主がお生れになりました。この方こそあなたのための救い主、主イエス・キリストです。
どうぞこのイエス・キリストを信じてください。心からお勧めいたします。


使用CDジャケット
Migiwa:Greensleeves(マリヤに抱かれ)

今日のみことば
今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
(ルカ2:11)