#1153 心の貧しい者は幸いです

メッセンジャー似顔絵

ごきげんいかがですか。高原剛一郎です。

さて、大阪の隠れた観光名所に「適塾」があります。緒方洪庵が29才で開いた私塾です。ここから橋本佐内、福沢諭吉、大鳥圭介、大村益次郎など幕末維新の大人物たちを送り出したのでした。
ところで、この塾には授業というものがなかったんですね。一人一人が勝手に西洋医学の勉強をし、分からないところは塾生同士で教え合い、調べ合い、議論し、それでも分からないときだけ緒方洪庵に質問したそうです。自分たちでやれるところまでやって、そして自らの限界を知った学生が助けを求めた時、洪庵先生が介入してくれたんですね。
そして、その指導はとても懇切丁寧であったと言われています。自分の限界を知って、へりくだって教えを乞う者に、惜しみなく知識を与えずにはおれなかったからです。さて、聖書の中に次のようなキリストの言葉があります。

心の貧しい者は幸いです。
天の御国はその人たちのものだからです。

今日はここから三つのポイントでお話いたしましょう。

聖書が語る「幸い」

第一に、聖書が語る「幸い」とは神の祝福を受け取るということなのです。ところで、幸せ、幸福のことを英語で「happiness」と言いますね。この「happiness」の「hap」、「happen」というのは「happening」から来たもので、要するに、偶然、たまたま起きる嬉しい出来事を、幸せと言ったんですね。しかし、キリストがここで語る幸いとは、偶然手に入る喜びの事件ではなく、神の祝福を語っているのです。神の祝福とは、神の強い意志で授ける恵みのことを言います。

弱い部分に温かみが与えられる

第二に、だれが神から祝福を受けるのでしょう。「心の貧しい者」だって言うんですね。ここで言う「心が貧しい」というのは感受性が鈍いという意味ではありません。自分の限界を認めて、神に頼る以外どこにも望みがないと認める態度、これを心が貧しい状態と言うんですね。
日系アメリカ人の彫刻家にして、造園家、デザイナーにイサム・ノグチという方がいらっしゃいました。彼は、日本人の詩人であった父と、アメリカの作家であったお母さんから生まれたハーフの方です。大変優秀な人で、高校ではずっとトップの成績、そしてコロンビア大学の医学部に進みましたが、美術学校の夜間コースで彫刻を学び、そこに自分が本当にしたいことを見つけ出すんです。次々と洗練された作品を生み出して人気者になりますが、やがて日米戦争がはじまると大変苦労することになるのです。
実はアメリカでは、日系人は皆、収容所に入れられてしまうのです。日本人の血を継いでいる彼は、自ら進んで収容所に入るんですが、こいつはアメリカ政府のスパイに違いないと疑われ、収容所の中で彼は居場所がなくなってしまうんです。それで「ここを出たい」と申し出ると「あなたは日系人だから出れない」と言われてしまうのです。日本人の中では「お前はアメリカ人だ」と言われ、アメリカ人の中では「お前は日系人だ」と言われ、彼はどこにも居場所がなかったんですね。
戦後、広島の原爆記念公園がつくられるとき、彼の作品はとても評価されましたが、「原爆を落としたアメリカ人の作品はふさわしくない」と、いったん採用されていながら、選から外されてしまうのです。ケネディ大統領のお墓の設計の時には、「日本人だから駄目だ」と言われてまた却下されます。彼はデザイナーとして成功した後も、アメリカと日本という二つの国の間で随分苦労するのです。
ところが、彼ががっかりするとき、不思議に彼を助けたり、支援したりする人が現れたのだそうです。原爆記念公園のモニュメントは却下されてしまいましたが、丹下健三という方が、彼のデザインを取り入れて慰霊碑を設計しました。彼の努力は、発言力のある友人たちによっていつも最後の最後は報われる結果になり、そうして様々なところに作品が採用されていくのです。ところで、彼は自分の作品についてこのように語っています。「私はどんな公園についても、庭園を造るときでも、ちょこっとだけバランスを崩しています。完璧で隙がない物には温かみを感じないからです。少し崩れてるところ、少し危なっかしいところに人はホッとしたり、優しくなったりできるからです。」
弱い部分にこそ温かみが与えられるのだと言っているのですね。
聖書は弱さの中にこそ神の恵みが注がれると語っています。自分の力で自分を完成できないと認めた人、自分の力できよくなれないと認めた人、また自分が、神の前に破産者であることを認めた人に対して、神は天の御国を与えてくださいます。
天の御国とは、神の支配する祝福の国です。この地上のどんなものによっても満たされない魂の渇望を満たす国です。神は、このきよいご自分の国を、ただキリストを信頼する人に与えてくださるのです。

心貧しい人とは

ではどうすればよいのでしょう。貧しい人になるということです。心貧しい人とは、では、いったいどういう人のことを指すんでしょう。
カエル・アルトマンという人が、旅先でホテルの前にあるマクドナルドに入ったそうです。するとそこに、レニーという名のホームレスの人がやって来て、彼にお金を求めました。カエルさんは、ポケットにあった小銭を全部渡してあげたのです。そして聞いてみたのです。
「ちょっと質問してもいいかい。」「いいよ。」と彼は答えます。「ホームレスになって一番大変なことっていったい何かなあ。」「それは、人に助けを求めることです。」「そんなに大変かい?」「そんなに大変です。」「そんなに大変なのにどうして今は私に助けを求めることができたんですか?」「他に方法がないからです。」
これが心の貧しさです。きよい神に、罪だらけの私が完全に受け入れられるために、イエス・キリスト以外に方法はありません。それを認める人は心の貧しい人、そして、すでに祝福されている人なのだと聖書は語るのです。
キリストは、そのような人のために身代わりとなるため、一度十字架で死に、神が納得する犠牲となられました。そして墓に葬られ、三日目に復活なさった方です。キリストを信じる人は誰でも救われます。キリストだけが神に至る道です。この方をただ信ずればよいのです。
ぜひあなたも、あなたのために救い主となられたイエス・キリストを今日、信じ受け入れてください。心からお勧めいたします。


使用CDジャケット
大和田広美:なんて幸せなんだろう

今日のみことば
そこでイエスは口を開き、彼らに教え始められた。
「心の貧しい者は幸いです。
天の御国はその人たちのものだからです。」
(マタイ5:2-3)