#1131 先を見通す神の救出計画

メッセンジャー似顔絵

ごきげんいかがですか。那須清志です。

あなたは今、この番組を何で聞いていますか?ラジオでしょうか。
番組が始まったころは、ラジオで生放送で聞くか、カセットテープに録音されたものを後から聞くしかありませんでした。そのうち、テープはCDに置き換わり、インターネットを通じて24時間、世界中で聞けるようになり、今はYouTubeのアニメ風の動画版でも見ることができます。便利になりましたね。
便利と言えば、最近はよく定点カメラというものを見ます。世界中でいろんなところにカメラが固定されていて、その場所を自分のスマホからいつでも見ることができるのです。東京の渋谷の交差点とか、富士山の山頂というものもあります。

2千年前の不思議な記録

実は聖書の中に、このような時代を語っているように見える個所があります。ヨハネの黙示録で、二千年前に書かれ内容は物騒ですが、次のようなものです。

もろもろの民族、部族、言語、国民に属する人々が、三日半の間、彼らの死体を眺めていて、その死体を墓に葬ることを許さない。

全世界の人々がエルサレムで起こっていることを眺めている、というのですから不思議です。百年前なら「あり得ない」と言われたと思いますが、今なら可能でしょう。テレビの時代になって、現実味を帯びてきましたが、スマホの普及でさらにこのことばのすごさを痛感します。これは人間の終末時代に起こることを予告しているのですが、ほかにも次のようなものがあります。

獣は、すべての者に、すなわち、小さい者にも大きい者にも、富んでいる者にも貧しい者にも、自由人にも奴隷にも、その右の手あるいは額に刻印を受けさせた。また、その刻印を持っている者以外は、だれも物を売り買いできないようにした。

いずれ人類は、右手か額にしるしを持つ者以外は経済活動に参加できなくなり、一元管理されるようになると言っているのです。これまた不気味ですが、今なら十分想像できます。
これが二千年前に神のことばとして記録されました。これだけでも聖書が、ただの書物ではない、ということがわかるのではないかと思います。人間の技術力は場所を超えて、世界中の様子を一人ひとりがリアルタイムで見ることを可能にしました。
では神の力で、時間を超えた未来の出来事を記録する、というのはどうでしょう。時間を超えた存在であり、時間を作られた神が書かせたとなると、「あるかもしれない」と思われないでしょうか。

神の救出計画

ただこういう記録は、単なる警告や脅しのためではありません。聖書には一つの明確な目的があります。神の計画とその実現の確かさを、知らせるためです。次のように書かれています。

神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自分の計画と恵みによるものでした。

私たちは時間の中で生きているので、先に起こることを的確に知ることはできません。しかし神はご存じです。神を見失った人間の行く末は、どのようなものでしょうか。神には見えているのです。魂の永遠について、多くの人達の理解はあいまいです。死後の世界があると信じている者もいれば、信じていない人もいます。「神はやさしいからみんな天国に連れてってくれる」と安心しているように見える人もいれば、「自分は天国には行けない」と笑って平然としている者もいます。しかし時間を超えた創造主は、人間の行く末を心配しています。それはいのちの源なる神から離れてしまった人間は、いずれ永遠に枯れてしまうからです。自らの罪や不完全さの中で、もがき悲しむ結末を迎えてしまいます。
そのことを見通すことのできる神は、何とかして人間を救い、永遠のいのちにあずからせたい、と救出計画を立てられました。それがイエス・キリストの十字架と復活による救いで、その全容が聖書に記されているのです。

元イスラムのクリスチャン

厳格なイスラムの家庭で育った、モハマド・サリリという人がいます。彼はとてもまじめな背年だったようです。一族が信じていたイスラムの神に喜ばれるために、熱心に経典のことばを覚え、修行に励みました。でも彼の心には完全な平安が訪れません。どれだけ頑張っても、神に受け入れられているという喜びや確信に達しないのです。
あるときは自らのからだに刃物を当て、血を流すまでに傷つけて神に受け入れられるように努力します。イスラムを守るために軍隊で2年間頑張りました、でも状態は変わりません。だれに聞いても、「ひたすら善行に励んで、信心しろ」と言われるばかり。どれだけ頑張ったらいいんでしょうか。彼は本当に落ち込んでしまいました。
23歳になったあるとき、聖書に出会いました。久しぶりに会った高校時代の友人が、クリスチャンになっていたのです。サリリは彼の中に他の人と違うものを感じました。地下教会に集い、聖書を学ぶ中で大きな変化を経験しました。自分がもっと苦しまなければならない、と思った苦しみをイエスがすでに身代わりとして受けていてくださったことを知ったのです。
イエスの完全な生涯と、みずから完全ないけにえとなってくださった姿の中に、彼は完全な平安を見出しました。ただ家族が信じている信仰を捨てるということは、家族から捨てられるということです。中途半端な態度でできることではありません。しかし彼は、聖書に示された神の計画と、その真実さを知ったとき、イエスに対する信仰から離れることはできませんでした。ひどい迫害を受けるようになり、いのちの危険まで感じるようになりました。とうとう亡命し、トルコに逃れ、最終的には難民認定を受けてアメリカに渡りました。そこで今も、キリストの福音を宣べ伝えています。

神のプロジェクト

人材を育成したり、何かを作ったりするとき、大きなプロジェクトになればなるほど、簡単には進みません。長い時間をかけ入念な準備が必要です。神は全人類を救うために、途方もうない計画を立ててくださいました。ほかでもないあなたに、永遠のいのちと祝福を与えるために、入念な準備をされたのです。まず救い主をこの地上に送ることについて、何百年にもわたって、預言という形で具体的に計画を示されました。
計画しても実施できなかったということも多々あるでしょう。以前インドネシアで高速鉄道を作る計画が持ち上がりました。日本政府が後押しをし、受注寸前だったのですが最終的にはある国に持って行かれました。しかし実際に工事を進める段になると、計画のずさんさが露呈し、多くの問題が生じ、開通予定はずれ込み、予定の費用が膨らむことになってしまったのです。
神の計画にはこういうことはありません。旧約聖書に予告していたとおりに、二千年前イエスがこの地上に来られ、完全な生涯を歩まれました。その後十字架の上で、人類の罪の刑罰を受けられたのです。そしてこれも預言どおりに、三日後に復活して弟子たちの前に現れてくださいました。こうして聖書と福音は、あなたのもとに届けられました。あなたは安心して神を信頼することができます。これまでの様子を聖書から確認することができることで、これからの計画についても安心してまかすことができるのです。それはあなたに将来と希望を与えるためのものです。
ぜひあなたもイエスにある救いと、神の祝福計画にあずかるものとなってください。心からお勧めいたします。


使用CDジャケット
松本優香:みつめつづけます

今日のみことば
神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自分の計画と恵みによるものでした。
(Ⅱテモテ1:9)