#1073 不滅の三大財産

メッセンジャー似顔絵

ごきげんいかがですか。高原剛一郎です。

ところで、先日、ニュースでこんなことが紹介されていました。最近の子どもたちは、缶切りを見ても何に使うか分からないと言うのです。なぜでしょうか。今どきの缶詰には、缶切りを使わなくても開けることが出来る工夫がされているからですね。かつてはなくてはならない便利な道具が、時代とともにすたれてしまったんですね。
そして、こういうことはいつの時代でも起こってることで、技術が進歩するにしたがって価値をなくしてしまうものが出てくるのです。しかし、聖書は、どんなに技術が進歩しようが、どんな状況になろうが、決して価値を失わないものが三つあると語っています。こう書いてあるんです。

こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。

今日はここから三つのポイントでメッセージをお届けしましょう。

創造主を信じる

何があっても価値を失わないものの第一は、神に対する信仰です。
ところで、ここで言う信仰は、人間を造られた真の創造主なる神様に対する信仰です。信じていたら何でもいいというのではありません。それどころか、信仰で一番大事なことは、誰を信じているのかという信仰の対象なのです。
昨年のオレオレ詐欺の被害総額は300億円を超えています。お年寄りのなけなしのお金をごっそり持って行く悪い奴らがいるんですね。しかし、なぜお金を渡してしまったのでしょう。信じたからです。悪い奴らをかわいい孫と信じたがために、大ダメージを被ったのです。
日本にもたくさんの神々と言われるものがありますが、神と名の付くものなら何でも信じたらよいというのではありません。信仰は、正しい方、本当に神と言うにふさわしい創造主を信じるときに、初めて価値ある態度となるのです。
あなたはご自分の造り主だけを創造主として信じていらっしゃいますか。もしそうでないならぜひそうなさってください。

根拠のない希望は失望になる

第二に、神による希望は価値を失うことがないものです。
ところで、この希望もあくまでも創造主による希望ということが大切なポイントです。実は、この希望も根拠のないことに望みをおいているならば失望に終わってしまうのです。
世の中には依存症で苦しんでおられる方が案外多いですね。中でも一人で克服することが困難なものに、ギャンブル依存症というのがあります。いったんギャンブル依存症になると、負けても負けてもやめることができません。次こそは取り戻してやろうとしてのめりこんでいくんです。どうしてやめることが出来ないんでしょう。次こそは勝てると勝手に希望的観測に立ってしまうからです。しかし、どんなギャンブルも胴元が損するようにはなってないんですね。そんなことは大昔から分かってることですが、自分だけは例外であると思い込もうとするのです。これは望んでも叶わない事を望んでる態度で、聖書が語っている希望とは正反対のものなのです。

御国のパスポート:イエス・キリスト

私は毎年青森県にある集会に参上いたします。ただし冬は避けるんですね。大阪育ちの私に、東北の冬はあまりにも厳しすぎるからです。
寒がりの私は、「よくも雪国で耐えられるものだと感心するばかりです」と申し上げたところ、こんなふうに教えてくださいました。実は東北の冬は三寒四温ですよとおっしゃるのです。冬の季節になりますと、毎日少しずつ寒くなっていくのではなく、三日寒い日が続くと、四日暖かい日がやってくるというのです。今寒いけど、これが終わると暖かい日がやってくるというサイクルを繰り返して真冬になっていくって言うんですね。しかも、寒い日は必ず天気がいいんです。気温は低くても太陽が昇る。これは決まってることだとおっしゃるんですね。
このように自然界の天候を見ると、神は人間を励ます方だということが分かりますね。何によって励ますんでしょう。希望を与えることによってです。神は私たちの人生の一番最後に、祝福以外はないという世界を準備してくださいました。別れも、涙も、病も、苦しみも、死もない世界、神様はあなたのためにそのように素晴らしいものを準備してくださったのです。
そんな国があったらそこに移住したいと思いませんか。その国に入るパスポートがイエス・キリストなのです。そして、神はこのパスポートをあなたに発行してらっしゃいます。あとはあなたが受け取るだけでよいのです。

ママのスマホになりたい

第三にキリストの愛です。この世に愛という言葉はあふれかえっていますが、それは、いつまでも続くものではありません。いつかは終わる愛ばっかりです。出会ってしばらくは愛し合いますが、やがてあらが目立つようになり、我慢ならなくなり、そして別れて行くのです。そして、自分が愛したのは相手ではなく相手に対する幻想だったと思うんですね。そして、それと同じことを別れた相手も自分に対して思ってるんです。
先日私は、『ママのスマホになりたい』という絵本を読みました。主人公は幼稚園児のかんたろう君です。ほれぼれするような作品を、ブロックで作り上げた彼は、思わず言うんですね。「ママ!見て!」ところがママの返事がないのです。ふと見るとスマホに熱中してるんですね。
最近のママはテレビのCMの時にはスマホを見、そして次の瞬間、赤ちゃんのところに飛んでいく、テレビ、スマホ、赤ちゃん、テレビ、スマホ、赤ちゃんの無限ループです。かんしゃくを起こしたかんたろう君は、ママのスマホをたたき落とすんですね。すると、ママは、世界一大事な宝物を奪われた人のようにカンカンになって怒るのです。
次の日、幼稚園に行くと、先生が子供たちに将来の夢を聞いているのでした。みんなは「サッカー選手になりたい!」とか、「芸能人がいい!」とか夢を語るのですが、かんたろう君は一言「ママのスマホになりたい」と言うのです。「ママがスマホを見るならママのスマホになりたい、ママがテレビばかり見てるんだったらテレビになりたい、ママが赤ちゃんばっかり注目するんだったら赤ちゃんになりたい」。でも、そう言って大きい声でこう言うんですね。「本当は僕のままで僕を見てほしい。」ありのままの自分を受け入れて欲しいというのです。

キリストはあなたを愛された

これは子どもだけの叫びだけではないように思うのです。大人になったってありのままの自分を愛してほしいと誰もが思ってるのではありませんか。
キリストは、あなたが罪人のままの時に、愛してくださった方です。あなたの罪のために自ら十字架に架かって身代わりになって死んでくださったのです。そして、墓に葬られて三日目に復活なさったのです。このキリストへの信仰が、天の希望を得る手段です。
すべては神様の愛から出たことです。どうぞこのイエス・キリストをご自分の救い主として信じ受け入れてください。心からお勧めいたします。


使用CDジャケット
Shizuka:あなたの道を主に委ねよ

今日のみことば
こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。
(1コリント13:13)