#1218 あなたは罪人!~神の上から目線

メッセンジャー似顔絵

ごきげんいかがですか。慶相龍です。

さて、1900年の初め頃のイギリスに、トーマス・ホーダーという医師がいました。王室を担当する非常に高名な医師だったんです。ある日彼は多くの医学生たちとともに、一人の患者の病名について議論していました。医学生たちは口々にホーダーの診断に賛同したのです。ところが一人の学生がホーダーの診断は間違っている、と猛然と食ってかかるのです。そして自分はこう思う、自分の診断が正しいはずだと言って引かないのです。その場が緊張に包まれた瞬間でした。
数日後のことです。何と、学生の診断の方が正しいことが分かったのです。ホーダーは潔く医学生の洞察力を認め、彼を自分の第一助手として王室担当医に任命したのです。大抜擢でした。ところがです、大抜擢された方の当の彼は、医者を数年でやめてしまいます。自分はまるで患者に罪を行わせるために、治療をしているようだというわけです。患者の食べ過ぎ、飲み過ぎの放蕩三昧で体をこわしては病院に来て、体調を回復しては再び放蕩三昧の生活に戻って体をこわす。そんな患者の姿にむなしさを覚えたからです。その後彼は、キリストを伝え、また聖書を解き明かす人となったのです。人間が抱えている本当の問題は、健康の問題や体の病気の問題ではなくて、霊的な病、罪の問題であると気づいたからです。やがて彼は20世紀最大の聖書説教者と呼ばれるようになりました。彼の名は、デイヴィッド・マーティン・ロイドジョンズです。

神はすべての人を罪人と断言する

ところで聖書は、ロイドジョンズの患者たちだけではなく、すべての人のことを罪人と断言しています。人を罪人扱いにする神って、何だか上から目線で嫌だわ、と拒否反応を示す方がいらっしゃいます。ある意味それは本当のことなのです。ただし、いわゆる私たちをあたかも見下すような、偉そうな態度で接するのとは違う意味で、神は上から目線を持っておられる方なのです。
聖書のことばです。
私たちの神は 天におられ その望むところをことごとく行われる。
神の上から目線は、全知全能の目をもって天からあなたをご覧になっている、天からの目線なのです。二つのことを考えましょう。

神はあなたの罪を見抜いている

一つ目に、天におられる全知全能の神は、あなたの罪をすべて見抜いているということです。野田詠氏という牧師さんが『私を代わりに刑務所に入れてください』という著書の中でご自分の体験を紹介してくれています。実は、彼は10代で暴走族に所属し、窃盗や暴力行為をくり返し、何度か少年鑑別所に送り込まれるのです。そして19歳のとき、彼はとうとう少年院に入れられてしまったのです。
そんな中、彼は兄の差し入れてくれた聖書を何気なく手に取るようになりました。そして次の聖書のことばに目が留まったのです。「神の御前にあらわでない被造物はありません。神の目にはすべてが裸であり、さらけ出されています。この神に対して、私たちは申し開きをするのです。」この聖書箇所を読んだとき彼は思いました。「神の前には心の中もさらけ出されているのか。もし自分の心の中で考えること、思ったことをいちいち人に知られたとするなら、いったい誰が堂々と顔をあげて生きて行けるというのだろうか。どんなにけがれなく生きているように見える人でも、その心に思うこと、考えることを人に知られたくはない、そう思うのではないだろうか。俺のした悪いことはたとえ警察にバレてなくても、親にバレてなくても、神にはすべて知られているのだ」
野田さんはそう記したのです。これらのことからどういうことが言えるでしょうか。神はなぜ私たち人間を、そしてあなたのことを罪人であると断言できるのでしょうか。その理由は、全知全能の神の目には、あなたの心の中までももれなくさらけ出されているからなのです。

神の目的はあなたをキリストと結びつけること

二つ目に、あなたを罪に定める神の目的は、あなたをキリストと結びつけることだということです。キリストは、罪人を罪とその結果である永遠の地獄から救うために、この世に来られたのです。
ですから自分が罪人であると分かってこそ、キリストの必要性が分かるに至るのです。神はあなたにキリストを信じる信仰を与え、あなたの罪を赦し、祝福に満ちた神の国で永遠に生きるいのちを与えるために、あなたの罪をあなたに示しておられるのです。
先日、ある女性と話をしておりました。もう何十年と聖書の話を聞いておられるのですが、そしてキリストの十字架も、復活も歴史的な事実と認めているのですが、キリストを信じていませんでした。話を伺うと、自分の罪が分からない、だから救い主であるキリストとの関係が分からないとおっしゃるのです。とても朗らかで、そして優しくて見るからに良い人なのです。私たちは、神の愛について記されている聖書箇所を一緒に読みました。「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、苛立たず、人がした悪を心に留めず、不正を喜ばずに、真理を喜びます。すべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを忍びます。愛は決して絶えることがありません。」
この箇所を私が声を出して読み、彼女は聖書を目で追っていました。そしてひとしきり読み終えた後、驚くことが起こったのです。彼女が突然「私、罪人だわ」と言うのです。彼女は人の基準ではかるとするなら、実に善良で愛情いっぱいな方なのです。しかし神の基準を目の前にしたとき、長所だと思っていた自分の愛や善良さが、実に不完全で、とても神の要求する基準に達していないことが分かったというのです。神の基準に達していないことが罪だとするならば、私は間違いなく罪人であるというわけです。そして彼女は続けてこう言ったのです。「これで安心して死ねますわ」あまりの急展開に私は慌てて尋ねました。「キリストがあなたの罪のために、十字架で死んで葬られて、三日目によみがえられたことを信じるのですか。イエス・キリストをあなたの救い主、あなたの神と信じるということなのですか」すると彼女は、はっきりと答えたんです。「はい、もう信じます」
あなたは死の束縛から解放された人生を歩んでおられますか。キリストはあなたの罪を根こそぎ背負って十字架で死んで、三日目に死に打ち勝ってよみがえられた方なのです。この方を信じるなら、神はあなたに、罪の赦しと永遠のいのちを与えてくださるのです。どうかキリストをあなたの救い主と信じ、死の恐怖から解放されて「安心して死ねるわ」と言える勇気溢れる人生を楽しんでください。心からお勧めいたします。


使用CDジャケット
Migiwa:Amazing

今日のみことば
私たちの神は 天におられ その望むところをことごとく行われる。
(詩篇115:3)