#1120 果たして創造主は存在するか

メッセンジャー似顔絵

ごきげんいかがですか。高原剛一郎です。

さて、先日、私は友人との雑談の中で彼が今夢中になって読んでいるという本を紹介してもらいました。
『存在しない時間の中で』というタイトルで著者は山田宗樹さんという方です。物語は天文数物研究機構という宇宙物理の研究所から始まるんです。ここには世界各国から研究者や大学院生が集まっている、まあ言わば知性の梁山泊のような所です。ある日、若手の研究者たちが主催するセミナーに一人の謎の青年がふらっと現れたかと思うと、ホワイトボード23枚に及ぶ数式を書き残して姿を消すんです。それはそこに居る気鋭の研究者たちも見たことがない数式でした。しかし、その数式こそは人類の宇宙観を一変させかねない秘密が表されていたのです。つまり、それはこの宇宙や私たちが住んでいるこの世界の設計図だったんですね。設計図である以上、設計者がいるということになります。

世界は設計されている

さて、この不思議な事件は世界中の宇宙物理の研究所で発生していました。世界はこの設計者である神の存在に沸き立ち、人類はこの神の存在にアクセスしようと試みるんです。そこから物語は予想外の展開を見せ始めていくというものなんですが、まあ正直言いまして私はこの本をまだ読んでいません。読んでいないのですがこの小説の前提となっている“世界が何者かによって設計された”ということについては信じているんです。というのは、聖書の最初の一行目にこのように書いてあるからです。

はじめに神が天と地を創造された。

この世界にははじまりがあったこと、そして世界は天という空間、地という物質、はじまりという時間があって、それらを同時にスタートさせた神がおられるということを聖書は語っているんですね。
つまり、聖書はこの世界は設計者なしに突然発生したんではなくて、設計者である神によって存在できるように存在させられているのだというふうにいう訳です。
そして、最新の宇宙論の中には“この世界が何かによって調整された”という考え方が主流になりつつあるんですね。

物理定数が少しでも違うと人間は存在できない

例えばこの宇宙には物理定数というものがあります。光速のc、電子の質量のme、プランク定数hなど、ある決まった値が33個発見されているんですね。何故その値になっているのか“それはたまたまだ”という考え方もあります。しかし、“それは偶然ではなくて知的生命をこの宇宙の中で誕生させるべくその値をとったとしか考えられない程に絶妙にコントロールされていると考えられている”そういう考えがあるんです。
例えば、光というのは1秒間に約30万キロで進むということを私たちは知っています。この光のスピードがほんの少し違っただけで人間は瞬時に存在できなくなります。と言いますのは、人間の体の大部分は蛋白質でできているんですね。蛋白質はアミノ酸でできています。アミノ酸は炭素原子を含んでいるのです。炭素原子が蛋白質のような高分子化合物をうまく作れるのは、炭素原子のエネルギー準位というものがちょうど良い値をとっているからなんです。
このエネルギー準位を基底しているものの一つが光速です。あるいは重力定数です。あるいはプランク定数なんですね。つまり、光の速度が秒速30万キロでなければ炭素原子はちょうど良いエネルギー準位を持つことができず、そのため蛋白質はできず、生命は発生できないということなんです。光速が秒速3万キロでも300万キロでも人間は存在できません。30万キロでないとアウトです。しかも、光速30万キロでも他の物理定数が今の値と少しでも違っていたら存在できないんですね。今知られている33の物理定数が今の値である時にだけこの世界も生命体も存在することができるんです。
これは偶然でしょうか。それとも、創造主がそのように造られたということの証拠なんでしょうか。私は神がいることの証拠だと考えるんです。何故ならこの世界の様々な現象はその多くが数式で表すことができるからです。つまり知性を感じるんですね。

知性の背景には知的な存在者がある

例えば、あなたが無人島に漂着したとします。海岸に上がってみますと貝殻がSOSになるように並んでいたのを発見したとします。普通は“ああ、これはこの島の何処かに人間がいるに違いない”と判断するんですね。と言いますのは、万国共通の救援信号がSOSであるということを知っているのは人間だけだからです。
しかし、もう一つ可能性があります。“ある日、貝が群れをなして海岸に上陸したんですね。そして、たまたまSOSと読めるように並びました。そして、そのまま死に絶えて貝殻だけになった”という可能性です。この可能性もゼロではありません。しかし、限りなく低い可能性ですね。知的メッセージの跡を見たならば知的なメッセージの発信者がいると考える方がより可能性が高い訳です。そして、多くの学問ではより可能性が高い方を選んで真実を追究していくんですね。
例えば、考古学という学問があります。考古学者は地面をどんどんどんどん掘っていきます。そして、石の矢尻が出てきた時、石を研磨して加工した人がいると考えるんです。しかし、加工しているところを見たわけではないんですね。そこで、この石は人の手による加工によってこのような矢尻の形をしているのではなく、度重なる土砂崩れの際に別の石と擦り合わされてその結果矢尻の形になったという可能性もあります。非常に低い可能性ですがその可能性はゼロではない。しかし、考古学者は可能性が高い方を選んで“ここに昔、石器を加工して使っていた人間がいたのだ”と考えるのです。そして、そのような判断を馬鹿げていると非難する人はまずいないのではないですか。
何故でしょう。知的な痕跡は知的な存在者によるものだとする考えの方が遥かに可能性として高いからです。さて、この世界は実に見事に調整されています。ということはどうなりますか。あなたを造られた神がおられるということです。
是非、あなたの造り主を覚えてください。あなたはひとりでに生まれた存在ではなく、あなたをお造りになった方がおられる。この全地、全宇宙の第一原因者がおられる。バイブルはそれを創造主と語るのですが、その創造主こそはあなたの神なのです。
どうぞ、あなたの造り主を信じてください。そして、一度聖書を手にとってお読みください。心からお勧めいたします。


使用CDジャケット
Migiwa:この世界を造られた神様は

今日のみことば
はじめに神が天と地を創造された。
(創世記1:1)