ごきげんいかがですか。高原剛一郎です。
さて、日本語の中には和製英語というのがあります。元々は英語なんですが、それを日本語化したもので、英語圏では通じません。
その中に「バズる」というのがあるんですね。「バズ」というのは機械とか蜂とかが発するブーンという音や、人々のざわめきのことです。これが転じて、短期間で一気に人々の話題になることを「バズる」と言うようになったんですね。特にSNSや動画サイトで、急激に視聴回数が伸びると「バズった!」っていう風に言うんですね。当番組のYouTubeもぜひバズりたいものです。
数年前、あるアメリカの幼稚園のクリスマス会動画が、460万回以上再生されました。バズったんですね。みんなでクリスマスソングのダンスを、親たちの前で披露するんですが、中に一人だけ、途中から全然違う動きをする女の子が出て来るんです。
緊張のあまりダンスを忘れてしまったのでしょうか。いいえ。実は彼女の両親は、耳が聞こえませんでした。会場で両親の姿を見た彼女は、歌詞の内容を伝えたいと思い立ち、手話で両親にメッセージを届けていたのです。この手話のことを英語で「サインランゲージ」と言います。それは、耳に聞こえる言葉ではなく、目で見てわかる言葉なのです。
神もまた、目で見てわかる言葉、行動で示す方法を持って人間に語られました。それは、イエス・キリストの生涯において明らかにされたのです。聖書に次のように書いてあります。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
三つのポイントで、行動で示された神様の愛を考えてみましょう。
神は「世」にひとり子を送られた
第一に、神は、ご自分のひとり子をこの世に送ってくださった事実です。
ある方が保健所の猫を引き取りたいと思って、ネットで色々調べてみたところ驚いたって言うんですね。何に驚いたんでしょう。引き取る側に突き付けられている条件が非常に細かくて厳しいというのです。まず、小さい子供がいる家庭はダメです。男性もダメ、単身者もダメ、ペットが飼えるマンションでも賃貸はダメ、固定電話のない人もダメ、未婚カップルもダメ、初めて猫を買う人もダメ、未成年だったらダメ。いったい、このすべての条件をクリアする人はどれだけいるんだと言い返したいぐらいだったそうですが、あれこれ条件が付くんですね。
なぜでしょう。最後まで責任を負えない可能性が少しでもある人たちには、動物の命を託すことは出来ないと考えているからです。引き取られるんだったら、そこは猫にとっても居心地の良い、ベストな環境であるべきだ、あって欲しいのだ。それで、こういう風に細かな条件を付けたんですね。
あえて言いますが、猫の命ですら、大切にされそうにもないようなところには送ることがないのです。ましてや神が、ご自分のひとり子を、一人の赤ちゃんとして送るときには、なおさら大切にしてくれることを期待するのではありませんか。
しかし、神が、キリストを人として送った先は「世」だったのです。「世」とは、神に反逆する世界をさす言葉です。神に敵対する世界に、神は愛しいひとり子を、か弱い姿で送り出されたのです。なぜそんなことをなさったんでしょう。「世を愛されたからだ」と聖書は語るのです。
罪の責任をキリストに問う
第二に、神は、ご自分のひとり子を、世の罪のために裁かれたという事実です。
世の罪の責任を、世に問うのではなく、御子イエス・キリストに問うてくださったと言うのです。と言うのは、ひとり子をお与えになったという、この「与える」というギリシャ語の言葉には、「見捨てる」という厳しい意味があるからです。
神は、十字架に架かったイエス・キリストを、罪を背負ったいけにえとして見捨て、裁きの火で焼き尽くされたと語るのです。
罪の証拠を燃やしてしまう
第二次世界大戦の時、ナチスドイツはオランダを一挙に占領し、ユダヤ人たちを次々と強制収容所送りとしました。このオランダのユダヤ人たちを、ナチスから助け出したクリスチャンの姉妹たちがいました。コーリー・テン・ブームです。彼女は、ユダヤ人をかくまったことを罪に問われ、ヴフト強制収容所に入れられてしまうのです。
そこは想像を絶する生き地獄の世界でした。その収容所を管理する所長は、ユダヤ人を心底憎む反ユダヤ思想の人間だったのです。それで彼女は所長室に呼び出され、「なぜ、あんなユダヤ人たちを助けるのか」と尋問されるのです。
その尋問の中でコーリーは短く福音を語ったのです。「所長、あなたの心に平安がありますか。良いことをしているなら、喜びや平安があるはずです。どうして人の心には、こんなにも疲れがあるのでしょう。人を疲れさせている罪を解決してくださった方をご存知ですか。」と逆に問うていくんですね。
何回かの尋問の中で、署長は不思議な行動に出るのです。彼女と彼女のお姉さんたちを、絶滅収容所送りにする根拠となっているその調書を、彼女の目の前で燃やしてしまうんですね。それで彼女たちは、絶滅収容所から女性ばかりを収容する所へ行き先が変わったのです。
彼女たちのことを良く思っていないナチスの将校たちも、どうしようもありませんでした。証拠となる調書が焼き尽くされて、もはや世の中に存在しなくなってしまったからです。
キリストは十字架に架かって、あなたの罪もろとも焼き尽くされた方です。あなたを無罪にするために、神はキリストを十字架の上で、あなたの不利な証言そのものをさばいて、燃やして、なくしてしまったお方なのです。
復活という圧倒的勝利
第三に、永遠のいのちをもたらすために、死後三日目に復活されたという事実です。
ところで、今から七年前に引退した野球選手に、森本稀哲という選手がいました。スキンヘッドの選手です。彼は小学生のころ汎発性円形脱毛症という病気にかかってしまいます。これは頭髪だけではなく、眉毛もまつげも、要するに体の全ての体毛が抜け落ちてしまうという病気なのです。小学生の彼にとってはとってもつらいことでした。
サッカー少年だった彼は、試合の度に、他のチームからからかわれるのが耐え難いことだったんですね。それで野球に切り替えます。と言うのは野球は帽子をかぶるので、少しでも目立たなくすることができると考えたんですね。それでもやはり人目に付くんです。
しかし、彼はどのようにしてそれを克服していったのでしょう。圧倒的なパフォーマンスを見せつけることによってです。守備でも、打撃でも、とびぬけたプレーをすることで対戦相手のみんなを黙らせたんですね。そして、試合で圧倒的勝利を見せつけることによって、破壊的発言を封印してしまったんです。
それは、実に彼にとって気持ちの良いことで、もっともっとうまくなりたいという動機づけにったそうです。さてキリストは、復活することで死の力を打ち砕き、黙らせた方です。これ以上に圧倒的勝利はありません。死の克服をプレゼントしてくださった救い主、それがイエス・キリストなのです。
どうぞあなたも、このイエス・キリストを受け入れて、永遠のいのちをいただいてください。心からお勧めします。
(ヨハネ3:16)