#1350 父のもとに帰る道イエス・キリスト

メッセンジャー似顔絵

ごきげんいかがですか。高原剛一郎です。

 先日私は、嬉しいニュースを聞きました。10歳年上の友人が、ようやくイエス・キリストを信じる決心がついたって言うんですね。その時彼がこうも語ったんです。「あと10年早く決心してたら、自分の人生はもっと変わっていたのになあ。できれば10年前に戻ってやり直したいなあ」彼がそう言うのを聞きながら、私は別のことを考えていました。今の私は10年後の私を基準に見たならば、10年前に戻った人間じゃないか。50年後の私を基準に見るなら、50年前に戻った人間じゃないか。言うなれば、今の私は、未来を作り直せる人生をいただいているのではないか。未来をいかようにも変え得る可能性があるんじゃないか。まあ、そう思いますと興奮してきたんですね。良いことを始めるのに遅すぎるということはありません。では、最も良いこととは何でしょう。それは、イエス・キリストによって自分の造り主に立ち返るということなのです。

 キリストはこうおっしゃいました。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」

 父というのはあなたを造られた作者、天地万物の創造主のことです。キリストという御方につながってない人は、誰一人父のもとにはいないとイエス・キリストはおっしゃったんです。そしてこの人類の創造主のみもとにいないということ、言いかえれば、神から遠く離れて生きているということ、神様との関係を絶って生きているということを、聖書は罪と呼んでいるんですね。なぜなら、神との関係を切ってしまったことが、全ての混乱の原因であるからなんです。

 私は以前、少年犯罪の弁護士をしていた方から、こんなお話を聞いたことがあります。少年が犯罪に走ろうとするとき、それを抑える力が三つあるって言うんですね。

罪を抑える三つの力

 第一は、羞恥心です。恥ずかしいなあって感じるそういう気持ち、そんな心です。それがばれてしまったときの社会の目、担任の先生の目、クラブのコーチの目、友達の目を気にして、やっぱり止めとこうと思うわけですね。

 第二は、罰への恐れです。犯罪の抑止力の一つは、罰です。罰のために犯罪は、採算が取れないと考えるようになります。人間はこの罰に反応するんですね。
 実は、近年著しく改善されている犯罪があるんです。それは、飲酒運転なんです。今、日本社会では、飲酒運転が激減しているんですね。では、なぜ減ったんでしょう。ズバリ罰を重くしたからなんです。お酒に酔ったドライバー本人に、百万円の罰金が科せられます。さらにその人にお酒を出した店にも罰金が科せられます。罰を重くすればするほど、酒飲み運転は、見事に減少する一方なんですね。人は罰に反応するんです。

 しかし、第三の抑止力があるんです。それは、絆による抑止力です。少年の場合であるなら、両親との絆なんです。悪い友達から、犯罪の誘いが来たとき、最も有効な撃退力は、この両親との愛の関係なんです。もし、自分が万引きしたことがお父さんに分かったら、お父さんどんなに悲しむだろう。父の悲しむ姿がふっと目の前に出てくる。もし私が人を傷つけたり、物を壊したりしたら、お母さんどんなに苦しむだろう。お母さんがぽろぽろ泣いている姿がふっと出てくる。この両親への気遣いは、どんな罰よりも、犯罪を思いとどまらせる力になるっていうんです。ただし、絆がある場合だけです。元々絆がない場合はどうなるでしょう。自分がどんなにひどいことをしても、自分のために泣いてくれる人が、一人もいないような場合は、抑止力がないのです。あるいは、両親との関係が、元々険悪であるような場合、両親に対して復讐するために、わざと犯罪行為に走ることもあり得るのです。

混乱の原因は創造主から離れること

 ところで、人間は、どうしてそんなことをしたら最後は不幸になると分かっているような、自己破壊的な暴走に走るんでしょう。思ってはならないことを想像し、口にしてはならないことを口にし、してはならないことをして、それで私は自由だとうそぶきますが、なぜでしょう。あなたを造った方の嘆きが見えないからです。あなたをお造りになった神の悲しみが、見えないからです。あなたが罪を犯すたびに打ちのめされるような痛みを感じている神がおられることを知らないからです。あなたをお造りになった創造主なる神様は、罪の生涯に生きるためにあなたを造ったのではありません。神の栄光を現す、崇高なる存在として、あなたをお造りになったのです。ところが人は、神から離れ、神との絆を自ら切っているので、ブレーキがきかないのです。根っこから切り離された植物は、しばらくは青々と茂ってはいても、やがては枯れていきます。太陽の軌道から外れた地球は、たちまちにして死の星へと化してしまうことでしょう。レールから外れた新幹線は、大惨事を引き起こす走る凶器になり果ててしまいます。あるべきところから外れること、本来の目的からずれていることが混乱の原因なのです。そして、人間にとって、最もあるべきところ、中心とすべき方、目的とすべき存在は、神なのです。この神から離れることが、混乱の根本原因なんです。

落ちていく罪人を惜しまれた神

 しかし、神様は自ら関係を絶って去っていく人間を、心から惜しまれたのです。永久のお別れになることを悲しまれたのです。祝福の源から、完全に断ち切られた永遠の世界、永遠の地獄という世界へ落ちていく人間を神は黙って見送ることができなかったのです。そして人間をもう一度ご自分の祝福の内に取り戻すために、神の子イエス・キリストをこの世に遣わしてくださったのです。キリストは神と人との間に立ちふさがる罪という障害物に風穴を開け、人が神に立ち返る道となるために、この世に来てくださったのです。そして自らの意志で、十字架にかかり、あなたの全ての罪をたった一人で身に負い、本来あなたの上に下るはずであった全ての罪の罰を身代わりに引き受け、罪の赦しを完成させてくださったのです。キリストは、死んで三日目に復活し、死をも滅ぼした救い主となられました。このキリストを通るならば、誰もが父のみもとに帰ることができるのです。

 私の好きな言葉に次のようなものがあります。「太陽は夜明けを待って昇るのではない。太陽が昇るから夜明けになるのだ」という言葉です。太陽はまわりの状況を見て、夜明けがくるのを見定めてから昇るんじゃない。太陽が昇り出すから、結果として、夜明けがやってくるのだというんですね。まわりの状況を見計らっている限り、いつまで経ってもキリストに従う決心はできないと思います。キリストという道を通って一歩前に踏み出してください。そうすれば、人生の夜明けがはじまるんですね。どうぞ、イエス様を信じてください。心からお勧めしたいと思います。


使用CDジャケット
Migiwa:帰ろう

今日のみことば
イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。
(ヨハネ14:6)
33