#955 聖書の語る確かな希望

メッセンジャー似顔絵

おはようございます。慶相龍です。

かつて、ネパール人の方から日本で一番高い山の名前を尋ねられ「日本では富士山という美しい山があって3,776メートルだ」と答えました。
すると彼は「ネパールでそれ位の山は丘や」と冗談めかして言うのです。
ネパールには世界最高峰のエベレスト山があるので、そんな冗談を彼は言ったのですが、でも、私にとってはやはり美しさと高さとを兼ね備えている富士山は世界一の山と思っているのです。

カット

外国からの評価も高い富士山

聖書の富士山

ところで、かつて新島襄が新約聖書の富士山と呼んだ箇所が聖書にはあります。
今日は、神様の麗しくも崇高な愛が凝縮されている箇所から聖書の語る確かな希望ということについて考えてみたいと思います。
今日のみことばです。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

3つのポイントで考えてみたいと思います。

当てのない信仰

1つ目に、「御子を信じる者が」とありますが、確かな希望はキリストを信じ、キリストの力を信じることによるということです。
クリスチャンになる前の私はパチンコが大好きでした。
来る日も来る日もパチンコ三昧。当然、お金を失うことの方が多かったです。
財布から一円も無くなったということも数多くありました。何日かの間、口に入れる物はほぼ水だけで過ごしたという日もありました。
でも、私は絶望しなかったのです。希望があったからです。
パチンコで失ったお金は、またパチンコで取り戻すことができると心から信じていたのです。
当てにならない自分のパチンコ力を信じて、それが希望になっていたのであります。

キリストを信じることは希望

サッカーの本田圭佑選手は「信じることは僕にとって希望だ」とテレビのインタビューで答えました。
幼い頃は足がそんなに早くなくて、あまり期待されなかったそうです。
学生時代、プロ時代、数々の試練にあった中でも彼は自分を信じるということを決してやめなかったのです。
まだ表されていない、まだ自分の中に隠されている、そのような潜在的な自分の力を信じ続けることが、彼にとって大きな希望であったのです。
彼の活躍は皆さんご存知の通りです。
当てにならない自分のパチンコ力、まだ明らかにされていない自らの隠された力を信じるということが、人に少なからず希望を与えるとするなら、既に明らかにされているキリストの力を信じることこそ、あなたに確かな希望を与えてくれるものなのです。
では、キリストの力とはどのような力なのでしょうか。

罪に支配される生活

2つ目に、「御子を信じる者が、ひとりも滅びず」とありますが、キリストの力とはあなたの罪を解決し、あなたを決して滅ぼさせない力なのです。
聖書の語る罪というのはギリシャ語の『ハマルティア』という言葉を日本語に訳したもので『的はずれ』という意味なのです。
『神に造られた存在であるにも関わらず、その神に背を向け、その神を無視して生きること』これを罪と聖書は語るのです。
聖書によると、この罪というのはすべての人の内に実在していて、その人に悪を行わせ、その人を破滅に追いやる恐ろしい力を持つものなのです。
かつての私はお酒が大好きでした。毎晩のように浴びるが如く飲んでいたのです。
最初は、「今日は少しだけ」と思って始めるのですが、飲んでいるうちについつい深酒になってしまうことが常でした。
浴びるが如く飲んだら体に悪いし、二日酔いになって一日を台無しにしてしまうかもしれない、分かっているにも関わらずついつい飲んでしまうのです。
なぜでしょうか?私の内に他の何かを台無しにしてでも、酒を飲みたいというその欲望を追い求めさせる恐ろしい力、罪の力が働いていたからなのです。

キリストは罪を解決できる

不倫を行う人、ギャンブルを行いそこにハマってしまう人、それを行うことによって、家庭が損なわれ、人生が台無しになるかもしれず、良心の呵責に悩まされることになる。
そういったことが分かっているにも関わらず、なぜ不倫や、ギャンブル、そのようなことをしてしまうのでしょうか?
それが悪と分かっていても、それが人を不幸にすると分かっていても、それでも、どんな犠牲を払ってでもその情欲を満足させようとする罪の力が人間の中に実在して働いているからなのです。
この罪は人を不幸せに陥れるだけではありません。人を死後の裁き、地獄の刑罰という恐ろしい破滅に陥れる力を持っているものなのです。
キリストはそんなあなたの罪を背負って、あなたの身代わりとなって、十字架で死んでくださったのです。
ですから、キリストにはあなたの罪を解決する力があるのです。
あなたを罪の結果である地獄で滅びさせない力があるのです。

初穂としてのキリスト

3つ目に、「御子を信じる者が、永遠の命を持つ」とありますが、キリストの力とはあなたに永遠のいのちを与える力なのです。
キリストは一度、十字架で死なれましたが、死に打ち勝って三日目によみがえられました。
ご自身を信じる者の初穂として、二度と死なない永遠に生きる体によみがえられたのです。
初穂というのはその年の初めての収穫です。必ずそれに続く収穫があるのです。
初穂であるキリストを信じる者は、キリストに続く者として必ず永遠のいのちを手に入れるのです。

キリストを信じる者の希望

ところで、家内の父は何度も何度もキリストの福音を聞いていましたが、長らくキリストを信じることが出来ずにいました。
しかしながら、この世を去る間際でした。キリストを信じることが出来たのです。
父が亡くなった後、私は家内のことがとても心配で心配で仕方なかったんです。
年老いた父の世話を献身的にし続けてきた家内が、父をなくしてどれ程悲しむことだろうかと心配だったのです。
ところが、家内はあまり悲しまないのです。それどころか喜んでいるのです。
もちろん、父が亡くなったことを喜んでいるのではありません。神様の素晴らしい恵みを喜んでいたのです。
私は家内に尋ねました。「お父さんが亡くなってどんなに悲しむか心配してたけど、意外に大丈夫そうだなぁ。」
すると家内はこう言ったのです。「全然、悲しくない。また会えるから」。
キリストを信じる者は滅びないのです。キリストには、あなたを滅ぼさせない力があるからです。
キリストを信じる者は、永遠のいのちを持つのです。天で再会できるのです。
キリストにはあなたに永遠のいのちを与える力があるからです。死で終わらない希望こそ、確かな希望なのです。
キリストをあなたの救い主である神と信じ受け入れてください。心からお勧めいたします。


使用CDジャケット
Saki:愛のかた

今日のみことば
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)