ごきげんいかがですか。高原剛一郎です。
さて、和歌山の病院に目立った格好の男性が一人、タクシーから降り立ちました。その瞬間、皆が彼に注目したのです。当時、若者たちの間に大人気のロックバンド、X JAPANのギタリストだったからです。どうしてここにいるんだろう。いったい何の用事でここに来たんだろう。これから何が起こるんだろう。みんな興奮と驚きで「キャーキャー」叫び声を上げるんですが、彼は軽く挨拶しただけで、殺到するファンを置き去りにして、まっすぐ病院に入っていきました。何のためでしょう。実はこの病院で長期療養している中学2年の女の子を訪ねるためだったんですね。
このお見舞いをアレンジしたのは、メイク・ア・ウィッシュというボランティア団体でした。メイク・ア・ウィッシュとは英語で「願い事をする」という意味です。この団体は3才から18才未満で難病と闘っている子どもたちを励ますために結成されました。彼らの願い事を一つ叶えてあげることで、病気に立ち向かう勇気を持ってもらおうというわけなんですね。
さて、このギタリストは彼女の病室に入りました。彼女の喜びと驚きというのは、ちょっとお伝えできないと思います。何しろあこがれの超人気アーティストが、他の誰のためでもない、紛れもなく自分のためにお見舞いに来てくれたのですから。彼女は、生の弾き語りを聴いた上で、プレゼントまでもらいました。その後、彼女はどうなったでしょう。どんな薬でもなかなか体調が戻らなかったのに、免疫力がついて、ずいぶんと回復するんですね。人生にはこういうことがあるんですね。
創造主がこの世に来られた
ところで、日本一多忙なタレントが地方病院の玄関に現れたら、何があったんだろうと思うのは、当然です。あるいは世界一優れた人が名もない村に現れたら、いったい何のために来られたんだろうと考えずにおれなくなります。ならばもっと不思議に思ってよいことがあります。それは、「この世界、宇宙、天地万物のすべてを造られた神が、人としてこの世に来られた」ということです。この「人としてこの世に来た神」こそは、イエス・キリストなのです。いったい誰のため、何のために来られたのでしょう。紛れもなく「あなたのため、そしてあなたを思っていのちを捨てるために来られたのだ」と言うのです。
ある時、イエス・キリストが、札付きの罪人として有名な人の家に行くと宣言なさったということがありました。人々は、「罪人の家を訪問するとは、何ていうことだ」と文句を言うのです。その時、イエス・キリストがこう言われるのです。
「人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」
聖書によると、すべての人は、神から離れて生きている人です。神の立場から見ると、神との関係が失われた人、神との交わりが失われた人、神の立てた計画に参加しない失われた人だと言うんです。そして、神といういのちの源から離れているがために、永遠のいのちを失っている人でもあるのです。
設計者の意図通りに動くときに安定する
先日、興味深いコラムを読みました。アメリカのテキサス大学の物理学の教授でリアンドラ・ペレッキーという人のレポートなんです。彼女はカーレースの物理学に関する権威です。
ある時のこと、彼女はテキサス・モーター・スピードウェイというところで1.5マイルにわたってレーシングカーを運転するという特権にあずかりました。彼女は助手席に教官を乗せて240キロのスピードで運転したんです。この体験を通して彼女は意外なことを知ったんです。実はレーシングカーのアクセルを踏んで時速160キロになったころ、突然車体が機関車のようにガタガタガタガタと揺れだしたって言うんですね。時速200キロを軽く超えるスピードが出る車なのに160キロで車体が横揺れするとはいったいどうなっているんだ。何かの欠陥があるのではないか。しかし、よりスピードを上げていくにしたがって、その振動はピタッと収まってしまったんですね。どういうことなんでしょう。実はこの車は、超高速状態で安定するように設計されていたのです。ですから、この横揺れを防ぐ方法はスピードを落とすことではありません。スピードを200キロ以上に上げることだったのです。レーシングカーは猛烈なスピードに到達したとき、アスファルトの道をかきむしって、快適走行するように設計されていたのです。
これは人生についても言えることです。すべて造られたものは、設計者の意図通りに動くときに最も効率的に稼働するのです。設計者の意図しない使い方、用い方をするとひどく不安定になり、危険ですらあります。そして、時に破滅に至るのです。聖書は、人が平安を失って生きている最大の理由は、人間の設計者である神の意図に背いた生き方をしているからだと語るのです。
神の意図する人生
では神の意図する人生とは、どのような人生なのでしょう。それは、神との生きた交わりの中に生きる人生なのです。神を信頼し、神の計画に生きる人生なんです。
全知全能の神様を信頼する人生の特徴の第一は、絶望し過ぎることがないということです。自分の思い通りにならないときにも、自分の思いを超えた神の最善が実現していくのだと信じる人生です。どんな人も神の計画を潰すことはできないのだと信じる人生なんですね。
第二に、人間を崇拝し過ぎない人生だと思います。世の中には、何をやらしてもできるすごい人がいますね。何を聞いてもズバリ答えを出せる神がかった人というのが時代の節目に出て来ます。しかし、どんなに優れた人も所詮は人なのです。ところが、時代が不透明になり、先行きが見えにくくなると、世の中に教祖みたいな人があっちこっちに現れて、人々を惑わすのです。しかし、その人も人なのであって神ではありません。時代が風評に流される中、冷静でいられる秘訣、それは神だけが人間が礼拝に値する方なのだと知る人生です。
第三に、高ぶり過ぎません。人は成功体験が続くと、つい高ぶります。そして、世の中は自分のために回っていると勘違いします。しかし、私たちは裸でこの世に生まれてきたのでないでしょうか。そして、その裸の肉体も神から与えられたものです。その肉体の中にあるあらゆる才能も体力も神から貸し与えられたものに過ぎないのです。今、私たちに必要な方は、この神との生きた関係に入れてくださる方です。この切れた関係を結び、つなぐためにイエス・キリストはこの世に来てくださいました。キリストはあなたと神を結ぶことができる方です。あなたの罪を赦すことができます。あなたに信仰を与えることができます。なぜならキリストはあなたのためにいのちを投げ出して、あなたの罪の責任を身代わりに背負ってくださったからです。そして、死んで3日目に復活して、今、神の前にあなたをとりなしていてくださっているからです。どうぞ、キリストを信じ、神のもとに立ち返ってください。心からお勧めしたいと思います。
(ルカ19:10)


































