新約聖書
「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」
(1ヨハネ4:10)

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「聖書と福音」高原剛一郎

No.829 2016年2月14日

「神の犠牲によって完成した救い」

おはようございます、高原剛一郎です!

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先日読んだユダヤジョークの本にこんな話が載っていました。
一人の婦人が銀行の窓口に行って、出納係に「小切手を振り出してちょうだい。」と頼むんです。すると係の男性は言いました。「お客様。規則ですので、まず身分証明書を見せてください。」すると婦人はあっけにとられ、ため息をついて、ようやくのことでこう言ったんです。「ヨナタン、私はあなたの母親なのよ。」
見ず知らずの人に身分証明を求めるのは銀行員として当然ですね。でも、自分を産み、育ててくれた母親を得たいの知れない人のように扱うってことはたいへん無礼なことですよね。親にとって最大の侮辱は子どもが親を親として認めないことだからです。実はユダヤ人が大切にしている旧約聖書の中には、この世界の創造主のことが詳しく出てきます。しかしどの箇所をとってみても、いちいち神の存在を証明するような説明や文章が出てこないのです。作者である神がその作品である人間に対して、作者は存在してるんだ、と身分証明する必要など本来はないからです。というのは、作品の存在が作者の存在を証明しているからです。手塩にかけて育てた息子から、身元不明の怪しい人扱いされた母親が憤慨したように、人間が神に向かって、いるのか、いないのか、を問うことは本来ナンセンス極まりないことなんですね。ところが神さまは、すっかり自分の作者がわからなくなってしまった人間に対して、あきらめてしまうのではなく、ますます愛を注いで、ご自分の手に取り戻そうとしている方なのです。

ヨハネの手紙第一 4章10節

聖書の中にこう書いてあります。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

ここから、イエス・キリストを遣わすことで示された、神さまの愛について、三つのポイントでお話致しましょう。

神の御子が人となられた

第一に、神の御子キリストが人となることで、神はご自身の愛を明らかにされたことです。
一人の主婦がスーパーでトマトを手に取ろうと前かがみになったその時、背中に激痛が走ったんです。思わず、あぁーっと叫んだそうです。その瞬間、「でしょ。野菜の値段ってなんでこんな高いんでしょうね。」と隣の主婦が声をかけてきたっていうんですね。彼女が叫んだのはトマトの値段が高すぎるからでありません。背中に痛みが走ったからです。しかし、横にいた主婦は値段にショックを受けたんだと誤解したんですね。
人間ってそばにいてもなかなか、本当のところはわかりあえないんですね。ましてや神を理解するのは、もっと難しいことです。というのは、目に見えないからです。ある方にとって神とは、無です。またある方にとっては、祟ってくるもの、呪ってくるもの、バチを当てるものです。またある方にとっては、何をやっても赦してくれるやさしいおじいさんみたいな存在です。そういう神さまイメージというのは、みんな人間の側からの期待や想像によるものですね。ですからそれが本当なのかどうかは、疑わしいのです。
そこで神は、自ら人となって私たちの間に住まわれました。この方こそは、イエス・キリストです。キリストは罪を徹底的に憎んだ方です。と同時に、罪人を徹底的に愛された方です。人が行う悪に対して寛容であったことは一度もありません。パーフェクトな正義感を持っておられたからです。しかし、どんなにひどい過去を持つ人であってもキリストは赦しとやり直しの人生があるということを提供していかれたのです。この方は神の本質を完全に現す方です。ですから、もし神を知りたければ、イエスを知ることなのです。イエスのようなお方、それが神なんです。

人の間に住まわれた

第二に、この方は、人の間に住まうことで、神の愛を明らかにされたのです。
ジョン・レノンは、ビートルズを解散した後、1975年から五年間、育児、掃除、洗濯などをする専業主夫に徹底しました。その間、ギターにはほとんど触りませんでした。どうしてでしょう。彼はバンド活動の忙しさのあまり、前妻との子、ジュリアンの面倒をほとんどみられなかったことをずっと後悔していたからです。ですから、次男のショーンが生まれた時はできるだけそばにいて育児をし、一緒に生活したいと思ったんですね。
ある年のクリスマス、ジョン・レノンの友人がショーンにビートルズのビデオを見せたところ、ショーンは走って家に帰り、そして父親に向かってこう言ったそうです。「パパってビートルズだったん?」彼はビートルズの名前は知っていても、その中のメンバーが父親であるとは知らなかったんです。そんなヒーローが僕のために何年間も一緒にいてくれたんだ、ということが、ショーンにはとてもうれしいことだったんです。
愛を伝えるのに一番良い方法、それは一緒にいる、ということなのです。キリストは人と共にいる神となるために、この世に来てくださった方なのです。

キリストは犠牲となられた

第三に、私たち人間の罪のために、なだめの供え物、犠牲となるためにキリストは天から遣わされた方である、ということです。
人類史上初の全身麻酔手術は、日本人の手によって成功しているということをご存知でしょうか。今から二百年以上前に、今の和歌山で活躍した華岡青洲がその人なのです。
父親も医者であった青洲は、幼い頃からその治療を見分していました。しかし、耐え難い治療現場があったんですね。それは麻酔なしでする外科手術です。ただ腕ずくで患者を押さえつけながら、メスを入れていくという治療現場。これは凄まじい光景であります。麻酔薬の開発がなんとしても必要なのだと、彼は決意するんですね。そしてマンダラゲとトリカブトという植物の組み合わせで、強力な麻酔作用が起こるということを発見するんです。しかし、トリカブトはれっきとした猛毒です。ですから多くは使えないんですね。彼は試薬を作っては、野良犬で動物実験し、そしてとうとう彼の住んでいた村には、一匹の犬もいなくなったと言われています。
そしてついに完成させたのですが、人間による効果の検証がどうしても必要なんです。しかし、一歩間違えれば、死に至る危険行為です。それで躊躇している青洲に対して、母親と妻が「私を使って人体実験をしてください。」と迫るんですね。この二人に対して、青洲は何度も何度も繰り返し、麻酔薬を飲ませます。その結果、母親は死亡、妻は後遺症で失明するんです。しかし、この実験結果によって開発二十年にして、ついに実用可能な全身麻酔薬が完成するのです。
ほどなく、奈良からやって来た老女の乳がんを全身麻酔でみごと、全摘出させることに成功するんです。これは海外で全身麻酔が成功する四十年も前のことなのです。この麻酔薬のおかげで、二百人近い患者が病から生還することになるのです。完成した麻酔薬は多くの人々を救いました。しかし、この麻酔薬を完成するためには、青洲にとってたった一人の母親と妻が犠牲になったのです。
しかし、神さまはそれ以上のことをしてくださいました。あなたを永遠のさばきから救うために、たった一人の御子イエス・キリストをなだめの供え物として、あの十字架の上で犠牲にしてくださったからです。なぜそこまでされたと思いますか。あなたを愛しておられるからです。ですから、どうぞあなたも、キリストを救い主として信じ受け入れてください。心からお勧めしたいと思います。

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