新約聖書
いったいだれが、あなたをすぐれた者と認めるのですか。あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。
(1コリ4:7)

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「聖書と福音」高原剛一郎

No.709 2013年10月27日

「惜しみなく与える神に帰る」

おはようございます。高原剛一郎です!

 パナソニックの創業者、松下幸之助さんは、現役時代、新入社員の面接に自ら立ち会ったそうです。そして最後に必ずたずねた質問があったそうです。「あなたは自分を、運があると思いますか、運がないと思いますか」つまり、自分はついてる人間だと思っているか、ついてないやつだと思ってるか、と聞かれるんですね。そして、運がある、と答えた人を採用したそうです。なぜ、そんなことをなさったんでしょう。運がある、と言える人は、自分以外の誰かのおかげで今がある、と思える人だからです。松下さんは別に、運勢や占いを信じていたのではありません。ただ、自分は自分の努力や才能だけで生きてきたと自負する人を、好まなかったんですね。誰からの助けも支えも貰わずに生きてる人間なんか、一人もいないんですね。誰かに応援してもらって、今生かされてるのが人間だということに気づかない人は、しばしば、鼻持ちならない人になるということを、よーく御存知だったのです。

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 さて、聖書にも、次のようなことばが書いてあります。

「いったいだれが、あなたをすぐれた者と認めるのですか。あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。」

人生を形成する要因とは

  聖書によるなら、人間は、どんなにすぐれた人、どんなに偉大な人、どんなに強大な権力者であっても、みんな、神からもらったものを活かして生きているんだって言うんです。私は、人生を形成する要因はおそらく3つあると考えています。
 第一は、遺伝です。人々の中には、生まれつき指の長い人、手足の長い人がいますね。また、生まれつき美しい人がいます。それらは、本人の努力と無関係に、親から受け継いで、もらったものです。また、人がもらうのは外見の姿かたちだけではありません。性格や才能や運動神経も、両親の組み合わせによって、遺伝的に受け継いだものです。

生まれる場所を人は選べない

  第二に、環境です。この環境も、もらったものだと言うことができるのではないでしょうか。というのは、どんな国、どんな時代、どんな環境に生まれるかについて、私たちは何の選択権もなかったからです。特に日本という国は、平均寿命が世界一長い国ですね。この国に生まれたというだけで、他のどの国の人々よりも長い人生を生きれる可能性があるんです。もし、私が生まれたのがテロの続くアフガニスタンや、内戦が続くシリアであったら、たといどんな才能、どんな能力を持っていたとしても、それを活用する機会すら、ほとんどないのではないのでしょうか。

困難を選択によって乗り越える

  第三に、個人の選択です。もらったものを最大限に活かすか、不平、不安を持って投げやりに生きるかは、本人の選択にかかってるんですね。むかし、天才的ヴァイオリニストに、パガニーニという人がいました。あるとき、演奏会でヴァイオリンを弾いている途中、弦が1本切れてしまうのです。しかし、彼は演奏を中断することなく、残りの弦を活かして演奏しました。しばらくすると、2本目の弦もまた、切れてしまったのです。しかし、彼は顔色ひとつ変えずに、残った2本の弦で演奏したのです。ところが、またしても弦が切れるんですね。4本の弦のうち3本が切れた、最悪のコンディションで、パガニーニは演奏を放棄せずに最後まで弾ききったのです。その様子を見たお客さんたちは、惜しみない拍手を送ったと言われています。弦が切れないようにする力は、彼にはありませんでしたが、弦の切れたヴァイオリンを弾きこなす力が、彼にはあったのです。しかし、その力もパガニーニの受け継いだ才能と、彼を育てた環境によるものでもあったのです。

与えてくださった方を見失った人間

 人は、神からもらったもので生きてるんですね。そしてもらったものを活かして生きているのです。そして全ての人は、自分に与えた方を差し置いて誇ることはできない者なのです。ところが、自分に才能や環境や命を与えた方を忘れてしまうと、まるで、誰からももらっていない者、誰に対しても何の借りもない者、ただ自分の力と才覚で生きてきた者のように考えてしまうのです。このように、自分は創造主なる神によらずに生きてきた、と考えることを、聖書は「罪」と語るのです。神から離れて、自分の力で自分の人生をコントロールできると言う幻想の中に生きることを、罪、と語るんですね。

困難に立ち向かえる原動力となるもの

 さて、日本のプロ野球の中には、何人か、伝説的なピッチャーがいます。その中で実績を取り上げて見るなら、なんといってもずば抜けているのは、金田正一というピッチャーなんです。直球とカーブの二種類だけで、400勝を築き上げた人です。歴代第二位の勝ち星が250勝ですから、それより150勝もしているわけですから、飛び抜けているんですね。彼が築いた三振の山は、4450奪三振だそうです。まさに、才能と努力が見事に組み合わさって打ち立てられた、不滅の大記録であると思うんです。そんなにもすごい、大投手だった彼は、自信に満ちあふれていたのでしょうか。実は、登板の前日になると、彼は、神経がたかぶって眠ることができなくなっていたのです。そんなことが何日も何日もずっと続いていた、そんなある日のこと、奥さんがこう言ったそうです。「眠れないなら、無理に寝ないで、私と一緒に起きていましょうよ」金田投手は、その一言ですっかり気持ちが楽になり、それからは、ぐっすりと熟睡することができるようになったそうです。
 長い人生の中には、あなたにも、眠れない夜がやってくるかもしれません。特に、死を前にしたとき、人は誰でも神経がたかぶり、逃げようにもどこにも逃げ出すことができず、まさに、息が詰まるような思いになるのではないでしょうか。そんなとき、あなたと共にいて、あなたのかたわらにおられて、あなたに寄り添って、安心しなさい、あなたの罪は赦されている。あなたが次に目覚めるところは天国だよ、と、そして、あなたが罪ゆるされて、神の子となるために必要なことは、全て、私が代わりに成し遂げたのだよ、というキリストを信じている人は、なんと幸いではないかと思うのです。

あなたのそばに寄り沿う方がおられる

 聖書によると、神は、寝ずの番をする方である、と書いています。寝ずの番とは、徹夜であなたを見守って助ける、という意味です。いついかなる人生の暗闇の中においても、あなたを見守って助ける神、それがあなたの造り主、そのお方が人として、救い主として来てくださったのが、イエス・キリストなのです。どうぞ、あなたのための救い主となられた、イエス・キリストを信じ、受け入れてください。こころからお勧めしたいと思います。

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