No.551 2010年10月17日 「世の光なるキリスト」
おはようございます。高原剛一郎です!
私は先日、僻地で働く宣教師に物資を運ぶパイロットのエッセイを読みました。小さなセスナ機で、まともな滑走路も整備されていない奥地に医薬物資を運ぶ働きは、とても大切でまた危険な働きでもあります。というのは着陸するところは、たいていは河川敷や原っぱで、そこには穴もあれば石も転がってる。下手をしたら穴にはまったり、石にぶつかったりします。一歩間違えば大事故に至ります。そんなトラブルを避ける秘訣が一つあるそうです。
人生におけるトラブルを避ける秘訣
それは穴や石という障害物に目を留めるのではなく、ひたすら滑走空間を注目するということです。問題を見つめると、問題に引き寄せられてぶつかってしまうんですね。問題ではなく、飛行機の道に注目することです。これは人生についても同じことが言えると思います。生きていたら、様々な穴や石のようなやっかいなものと遭遇しますが、その時、問題で頭がいっぱいになってしまうとその問題に支配されてしまいます。人が注目すべきは問題ではなく、神に至る道そのものであるイエス・キリストなのです。聖書の中にこんな御言葉があります。
「地の果てのすべての者よ、わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。」
これは、救いは神を見上げることによって与えられる、という約束です。適用して言えば、あなたのために救い主となられたキリストを見上げるなら、あなたは救われるという呼びかけなのです。なぜ、キリストを見上げることが救いになるんでしょう。
キリストの内にある救い
第一に十字架に架かられたイエス・キリストの中に、あなたのすべての罪の処分があるからです。大きな山火事に巻き込まれたとき、人がすべきことは消火活動ではありません。一刻も早く避難することです。しかし、山のただ中で、山火事に巻き込まれたなら逃げることは出来ません。火の勢いは人の逃げるスピードをはるかに超えているからです。ではどうすればいいんでしょう?。
自らの足下を火で焼き払うことです。いったん焼き尽くしてしまった場所には、火が近づいてこないからです。焼き尽くされた場所だけが、火事の現場で唯一の安全圏なんですね。キリストはあなたの罪のために、神の正義の炎で一度焼き尽くされた方です。あの十字架の上で、あなたの罪を背負って、神の審判をたった一人で引き受けて下さったのです。あなたが受けるはずだった死後の裁きは、キリストの中で完了しているのです。キリストの中にこそ安全が有るって言うんですね。
復活のいのち
第二にキリストの中には、死を克服した復活のいのちがあることです。
先日テレビで、カリフォルニアの山火事消火のドキュメントが放映されていました。カリフォルニアでは何年かに一回、必ず山火事がありますが、人間の居住地に影響を及ぼすのでない限り、いちいち消火せずにほっておくそうです。なぜなら山火事が、山に新しい命を吹き込むことになるからだというんです。山火事になると森の一部が燃えます。そこに今まで射し込めなかった太陽の光が、降り注ぎます。さらに燃えた木々の灰が、山の肥やしになって土壌を豊かにしてくれます。さらに山火事によって新しい命が生まれるからです。実は樹木の中には火によって堅い実の皮を焼き払われることで、初めて芽を出すものがあるっていうんですね。山火事を前提として初めて生まれ出てくる新しい命があるんです。火事の直後は殺風景な野原が広がるのですが、専門家はそれを荒れ果てた景色とは見ません。新しいことがはじまる舞台として見守るのです。
キリストの復活の意味
キリストの死も同じです、多くの人は十字架で処刑されたキリストに敗北や失敗を見てとりますが、それは浅い見方です。 キリストが十字架の上で死んで下さったのは、死ななければ出来ない奇蹟があったからです。死んだものでなければ現すことの出来ない奇蹟とは、何でしょう、復活です。キリストは一度死なれたのは、その死をよみがえりによって滅ぼすためなのです。全人類を震え上がらせ、悩みの原因となっている死の問題を、キリストは自ら死んで復活することによって解決して下さったのです。誰でもキリストを信じる者は、たとい死んだとしても最終的にキリストが再臨するときに、二度と死なない体によみがえらせていただけるのです。
希望の光
第三にキリストの中には、永遠の天国にいたるという希望の光が有るからです。
心の病の中に冬期鬱病という病気があるそうです。これは鬱病の一種なんですが、冬の間だけ発症する鬱病なんです。冬は気力が湧かず否定的で、疲れやすく生きるのが辛くて仕方がないのですが、春になると回復し治ってしまうんですね。主に北の国で多い病気だそうです。緯度が高い国では、冬になると極端に日照時間が短くなるんですね。昼がとっても短く、夜がとても長いのです。そして研究者たちはこの点に注目し、そしてよく分析した結果、光を見る時間が少ないことに病気の原因があるということを突き止めたのです。
実は脳の中にはメラトニンという、神経伝達物質があります。メラトニンの分泌が安定していると、精神状態も安定するそうです。この物質は健康な人では、昼が濃度が低く、夜間は高くなるという規則正しいリズムを描くのですが、冬期鬱病ではそのリズムが乱れているということが証明されているのです。
さて、この病の場合、どのようにして治療するのでしょう。なんと明るい光を見つめさせることで治すっていうんです。患者に3000ルクスの明るさの光を、毎朝2時間見つめさせると、多くの場合一週間以内に抑鬱症状が無くなってしまうっていうんですね。不思議なことにこの治療法の効果は、ただ光を当てているだけではだめなんです。漠然と光を当てている、光に当たっているというのではなく、患者自身が意識的に光源を見つめることで初めて効果が出てくるというんです。
光の国を提供するキリスト
さて、キリストは神から離れて、死に怯える人間に光の国を提供する方です。人生の最後に待ち構えているものは、死ではなく、死の次に光の国に招き入れて下さる方なのです。このキリストという世の光なる救い主を仰ぐことで、人は闇の中にあってくじかれることなく生きていくことが出来るのです。ではどうすれば良いんでしょう。
キリストを自分の救い主として、信じ仰ぐことです。信頼することです。心の中に受け入れることです。この方を仰ぎ見て救われるのです。あなたも今日、このキリストを主と信じ、そして受け入れて下さい。心からお勧めしたいと思います。
地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。