No.521 2010年03月21日 「十字架のかげに身を避ける」
おはようございます。高原剛一郎です!
先日、ニューヨークから帰った友人から、世界貿易センタービルの跡地がすっかり様変わりしていることを知らされました。ここは2001年9月11日、同時多発テロの攻撃を受けた現場です。あの事件の直後、人々はパニック状態でした。そのような中、鉄骨組立職人であったフランク・サイレッチャーという人は、あるものをあの現場で発見します。実は彼はボランティアで遺体の回収作業を手伝っていたんです。あのあたりを歩き回っている内に、残骸の中に十字架の形をしたむき出しの鉄骨を見つけるのです。やがて彼は深く傷ついた訪問者たちをその十字架の所に案内するようになりました。
ニューヨークの鉄骨十字架
こう言って説明したそうです。「何という恐ろしい現場でしょう。何という悲しみでしょう。しかし、あの最悪の惨事の中にも、神の御臨在はあったのではないでしょうか。神もまた理不尽な攻撃でご自分のひとり子を失った方です。あなたの気持ちを理解出来るのは、ひとり子を亡くされた神だけだと思います。」と。
今日、私はニューヨークの鉄骨十字架ではなく、聖書が語る十字架の現場にご案内したいと思うのです。
今から2000年前、イエス・キリストはエルサレム郊外のゴルゴタの丘で十字架処刑にされました。両手両足を三本の釘で打ちつける磔処刑です。この十字架に架かりながら、キリストが最初におっしゃったことばが聖書に記録されています。
「そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。
キリストは神に向かって父と呼びかける方
ここにキリストの自己主張が3つのポイントで表されています。
第一に、キリストは神に向かって父と呼びかける方でした。即ちキリストはただの人ではない。神のひとり子なんですね。この天地万物を創造された神のひとり子です。本質において神そのものである方、それがキリストなんです。この全く罪のない神のひとり子がよりにもよって、最低最悪の犯罪者が受ける十字架に架けられていたんです。キリストの生涯を見れば分かりますが、イエスは完全なる知恵を持ち、完璧な歩みをし、超自然的な奇蹟を起こすことが出来ました。それによって、ご自分が人となった神であることを実証されたんですね。しかし、そのような強力な力を持っているのにどうして十字架に架けられてしまったんでしょう。イエス・キリストの力を持ってすれば、いくらでも十字架から逃れることが出来たはずです。いや、十字架に架けようとする人間を滅ぼすことも出来たはずです。ところが、キリストはあっけなく十字架に架けられてしまうんです。一体なぜでしょう。
架けられたのではなく架かりに行かれた
イエスはご自分の意志で十字架に架かりに行ったからです。イエスは十字架に架けられたのではありません。ご自分の意志で十字架に架かりに行かれたんですね。自発的に十字架を選び取り、この結末を実現して行かれたのです。従って十字架に架かりながら、イエス・キリストの口からは何の恨み言も出てこないのです。理不尽な扱いを受けながら、怒りではなく、絶望でもなく、パニックにもならず、正気を保ったまま神を父と呼べるこの方はまさしく生ける神です。人間にはこんな態度をとることは不可能であるからです。
キリストは彼らをお赦し下さいと祈られた方
第二に、キリストは彼らをお赦し下さいと祈られました。キリストは罪人を執りなすために十字架に架かられたのです。今から150年ほど前、アメリカにムーディーという伝道者がいました。彼がイギリスに行った時に聞いた話です。
ある両親の元に育てられた一人息子が父親と大げんかの末に、家出をするんですね。父と息子の間には、埋めがたい溝が出来てしまいました。母親は息子に戻るようにずっと働きかけましたが、息子はいつも同じことを言うのです。「お父さんの方から謝るのでない限り、僕は家には戻らない。心痛の数年が過ぎた頃、母親は体調をすっかり崩してしまい。そして余命幾ばくもなくなってしまったのです。そばで見ていた夫は、彼女のためになにかしたいと願うようになりました。
和解のために命を使い切った妻
そこで彼女は言いました。「息子を呼んでやって下さい。あなたの名前で戻って来い。赦してるって手紙を書いてあげて下さい。」しかし、夫は妻の名で手紙を出すのが精一杯でした。手紙を読んで驚いた息子が家に戻って来ましたが、父親は彼を迎えず別の部屋に入って行ってしまったんです。母親は息子に言いました。「あなたの方から謝ったら解決します。さあ、お父さんのところに行って。」ところが息子は断固拒否するんです。彼女は枕元に二人を呼びました。そして、右の手で夫の手を取り、左の手で息子の手を取り、和解させようとしたのです。しかし、それでも二人は仲直りしないのです。彼女はとうとう和解を見届けることなく息を引き取りました。その時、夫は心から後悔したんですね。「悪かった。わしが悪かった。」そして息子を抱きしめたのです。彼はなぜそのようにしたんでしょうか。和解のために命を使い切った妻の遺体に心打たれたのです。
神はあなたを赦したくて赦したくてたまらない方
キリストは十字架の上で遺体となりました。何のためですか。あなたを神と和解させるためです。誤解しないで欲しいのですが、神はほんの少しも悪くはなく、またあのお父さんのように、赦せないと思っている方ではないんです。神さまはあなたを赦したくて赦したくてたまらない方なのです。キリストは十字架の上で死んで下さいました。あなたを神の元に引き寄せるために全生涯を使い切って下さったんです。
キリストはその赦しを完成させた方
第三に、キリストはその赦しを完成させた方です。キリストを信じる者は、過去にどんな醜い罪があったとしても、必ず、赦されます。なぜなら、キリストのいのちがあなたの罪の償いの代価として支払われたからです。
ある時、日曜学校の先生が、子どもに質問しました。「神は全知全能です。では全知全能ってどういう意味ですか。」子どもは答えました。「なんでもご存じで、なんでも出来るという意味です。」「そうです。では何でも出来る神さまに出来ないことはありますか。」子どもはしばらく考えてこう言ったそうです。「はい。神にも出来ないことが一つあります。神はキリストの血を通しては僕の罪を見ることは出来ません。」
そうです。神が出来ないことはキリストの救いを受け取ったものを裁くことがお出来にならないのです。なぜなら、キリストによる償いは、完璧だからです。キリストだけが、あなたの完璧な救い主なんです。
ビリー・グラハムの娘アン・グラハム・ロッツ
ビリー・グラハムの娘さんにアン・グラハム・ロッツという方がいます。彼女はある時、人気のニュース番組に出演していました。その時、司会者が意地の悪い質問をしたんですね。「あなたは天国への道はイエス以外にないという排他的な考えを信じているんですか。そういう考えに人々がどれほど不愉快に忌々しく怒っているかご存じでしょう。」彼女はにこやかに答えました。「イエスさまは排他的なお方ではありません。どんな人でもご自分を通して救われるようにと十字架に架かられたのです。そして、すべての人を招いておられるのですよ。」
その通りです。どうぞ、あなたもイエス・キリストをご自分の救い主として、真心から受け入れて下さい。心からお勧めしたいと思います。
そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。