No.438 2008年08月17日「存在価値を与える創造主」
お早うございます、高原剛一郎です
さて、半分水の入っているコップを見たとき、「半分しかない」という見方を消極思考と言うそうです。「まだ半分も入っている」という見方を積極思考とか、前向きな考え方と言います。しかし、第三の見方があります。「誰かが私のために半分も水を残しておいてくれた」という見方です。水があるか、ないかだけではなく、そこにコップに汲んだ水を置いてくれた人格を思う見方です。この第三の見方は、人を勇気づけると思います。
なくてはならない物を準備して下さった方
目に見えない誰かの行為を発見するとき、人は、励ましを受けるからです。この地球には水がある、石油がある、地下資源がある。でもあと埋蔵量はこれくらいだ。何十年後かにはゼロになる。まあ、そういう見方も確かに大切です。しかし、そんなにも人間が生きていくのになくてはならない物を、この地球に準備して下さった方の存在に気付くことは、もっと大切なことではないかと思うのです。
ある時、キリストは自然界の美を紹介しながら、こう語られました。
「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。」
鳥よりも優れた人間
キリストがおっしゃる通り、人間は鳥よりも獣よりも、野に咲く一輪の百合よりも、遙かに優れたものです。ところが、その優れたものであるはずの人間は、この自然界に生息している生き物もしないほど、愚かしいことをするって言うんですね。それは、思い煩いによって身を滅ぼすと言うことです。自分の価値を疑って生きることを止めてしまうことです。自然界には百万種類以上の生物がいますが、自分の存在価値に疑念を抱いて自ら命を絶つ生き物なんか一つもいません。
フクロウ蝶のなぞ
日本を代表する進化論学者に竹内均という方がいらっしゃいました。彼の頭を悩ませる生き物の一つにフクロウ蝶という、チョウチョがいます。この蝶は南米のボリビア一帯に生息する大型の蝶で、バナナを食べるため、地元の人たちからは害虫として嫌われています。
ところで、なぜフクロウ蝶という名前なんでしょう。実は羽を広げて上下を逆転させると、フクロウの顔をそっくりの姿になるからです。ラジオではその迫力を伝えることは出来ませんが、私の手元にある写真を見ると、見事としか言えないほどのフクロウそっくりの姿形です。そしてこの見事な擬態術こそは、フクロウ蝶の身を守る切り札なのです。フクロウ蝶の天敵は、小鳥です。小鳥はフクロウ蝶を見つけると、襲いかかろうとします。その気配を察知したチョウチョは、さっと羽を広げて、フクロウに変身します。その瞬間小鳥は、ビックリして、逃げ出すんです。なぜなら、フクロウは小鳥の天敵だからです。エサと思って食らいつこうとしたら、自分を食べに来るフクロウの顔になるんですから、逃げ出すのも当然です。この蝶は、何と天敵の天敵になりすますことで我が身を守っているって言うんですね。
天敵の天敵を知る知恵はどこから
ところで、フクロウ蝶はどのようにして自分の羽のデザインをフクロウの顔のように取り入れることが出来たんでしょう。そもそもフクロウという鳥は、夜行性です。夜活動して、昼は姿を隠しています。それに対してフクロウ蝶は昼行性です。昼間に活動して夜は姿を隠しています。従ってフクロウとフクロウ蝶は互いに出会うことがないんですね。フクロウは世の中にフクロウ蝶がいるなどと知りませんし、フクロウ蝶はフクロウを見たことがないんです。それなのにフクロウ蝶の羽のデザインは、フクロウの生き写しなのです。さらに、フクロウ蝶はどのようにして天敵の天敵を知ったのかという問題が残ります。小鳥がフクロウに食べられる現場を見ることが出来ないにもかかわらず、どうしてフクロウが小鳥の天敵だと知ることが出来たんでしょう。このフクロウの姿になりすますことで、天敵の鳥を追い払う知恵をどのようにして身につけたのでしょう。
神との関係と自分の価値
そもそも自分の意志で自分の身体のデザインを変えることは出来ないのですから、何者か蝶にフクロウの顔を描いた作者の存在を考えざるを得なくなる。つまり、神が存在することを認めざるを得なくなる。この点が進化論学者竹内氏を悩ませたんですね。
蝶の羽のデザインにすら、意味と理由を持って最高の物を描いた神。その神様が、どうして蝶より優れた人間であるあなたに無意味な形を与えることがあるでしょう。あなたの姿形一つ一つには、全部意味があります。あなたの爪の色、目の色、髪の色、体質、その全てに意味があります。ところが人間は自分を意味ある物として作って下さった神様を離れ、神との関係が崩壊しているので、自分の価値も理由も分からなくなってしまっているんですね。
準備した物の意味
私は今年、お子さんを失って悲しむご両親達と、お会いすることが度重なりました。そういう方々とお会いするのは、とても苦手です。何と申し上げたらよいか、分からないからです。ただ話を聞いて一緒に泣くだけです。
あるご家庭はその地方で代々続く開業医のご家族です。自慢の息子さんは見事に医学部を卒業し、さあいよいよこれからというとき、海外旅行先で事故にあって亡くなられました。ご両親はその息子さんの将来のために、医院を用意していました。スタッフも準備していました。設備も整っていました。資金も貯えました。やがて彼が後を継いでくれることをひたすら楽しみにしながら、準備できる物は、何でも準備なさったのです。しかし、それを用いてくれるはずのご本人が、帰らぬ人となったとき、「今まで準備してきた物は全て何の意味もなくなってしまった」とおっしゃったのです。そのうちひしがれた様子は、見るに見かねるものです。子供を失うってこういう事なのかと、胸を突かれる思いが致しました。そして、これと同じ痛みを神があなたに対して抱いているとしたら、あなたはどう思われますか。
あなたのための祝福のプラン
神様は、あなたのために永遠のいのちを用意し、永遠の天国を準備し、永遠の赦しを完了させ、永遠の交わりを楽しみにしておられる方です。それなのにもしあなたが神に立ち返らず、失われたままで終わるならば、神があなたのために立てた祝福の計画はみな無駄に終わるのです。神はあなたを取り戻したい一心で、イエス・キリストという方、人間よりも遙かに勝れた方、神のひとり子を人としてこの世につかわして下さいました。この方にあなたの罪を背負わせて、罪の償いを成し遂げて下さったのです。そして、三日目にキリストを死者の中からよみがえらせることによって、永遠のいのちの保証を成し遂げて下さったのです。
どうぞ、あなたのために神がお立てになっている祝福のプランを無駄にしないで下さい。どうぞ、あなたのために備えられたいのちの救い主イエス・キリストを受け入れて下さい。心からお勧めしたいと思います。
空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。