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<title>聖書と福音 bible gospel「おはようございます、高原剛一郎です！」</title>
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<description>おはようございます、高原剛一郎です！　世界のベストセラー聖書よりキリストの福音をわかりやすくお届けします　ラジオ関西・毎週日曜日　朝7:45-8:00でお届けしたメッセージをPodcastで配信中！</description>
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<pubDate>Sun. 03 Jul 2005 00:00:30 +0900</pubDate>
<itunes:author>福音プロ・ラジオ関西</itunes:author>

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<itunes:name>ラジオ関西・聖書と福音「高原剛一郎の聖書メッセージ」毎週日曜日　朝7:45-8:00</itunes:name>
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<itunes:keywords>聖書と福音,Bible Gospel</itunes:keywords>
<itunes:subtitle>「おはようございます、高原剛一郎です！」</itunes:subtitle>

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	<title>No.424　人間の修復士イエスキリスト</title>
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最近、携帯電話のサイトでもんじろうというのが若者たちの間に、大人気なんだそうです。これは標準語の文章を各地の方言に変換してくれるサイトなんですね。大阪弁でも、沖縄弁でも、東北弁でも、どれでも好きな方言に言い直してくれるんですが、一番人気のことばは、武士語なんです。つまり、侍のことばに言い換えるコーナーにアクセスが殺到しているというんですね。
▼このサイトで「不適切だった」を変換すると、「切腹致す」になります。あるいは「満座の席でお笑い下され」になるんですね。いやずしっと来ます。武士の言葉はおしゃれではありませんが、骨太です。ことばの一つ一つに覚悟を感じます。思えば最近の日本語って軽いですね。何々って感じとか、何何かもとか、微妙とか、とにかく曖昧で軟弱なんです。しかし、武士のことばは語気が強く、迫力があります。その理由の一つは、言ったことばに命をかけたからです。これを武士に二言はないっていうんですね。そしてそれ以上に、いのちのかかったことばが聖書のことばなんです。
▼聖書が裁きについて語るとき、そこに曖昧さはありません。「人間には死後裁きがある」と断言するなら本当にあるということです。しかし、聖書が救いを語る時そこにも曖昧さはありません。キリストによる救いは、いかなる罪人をも救うことが出来るんです。神にこそ、二言はありません。聖書の神様は、言ったことを必ず果たす神なんですね。……（つづく）
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	<pubDate>Sun. 11 May.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<itunes:author>高原剛一郎</itunes:author>
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<item>
	<title>No.423　神によって埋められる空洞</title>
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先日、私はあるご家庭に泊めていただきました。朝、洗面台に行くと今まで見たことがないような、不思議なものが置いてあったんです。テニスボールにチューブがつながっているんですが、そのチューブの先にロケットのようなものがついているんです。そして、テニスボールにはマジックで、秘密兵器と書いてあるんですね。これはいったい何なんだろう。何の秘密兵器なんだろう。私はその家のご主人に聞いてみました。なんと「花粉症対策の秘密兵器だ」って言うんですね。
▼テニスボールをキュッと握ると中に入っている水がチューブ先端のノズルから飛び出すんです。このノズルを鼻の穴の中に突っ込んで、花粉を洗い流すんですが、彼はこれを手作りで作ったと言うんですね。「良かったらプレゼントします。」と申し出て下さったんですが、辞退しました。
▼しかし、一つ教えられたことがあるんです。何のために存在しているのか分からないものは、作者に聞くと目的を知ることが出来るということです。見たこともない装置もその作者に目的を聞くなら、明快に知ることが出来るのです。それは人間についても言えると思います。人間は何のために存在しているんでしょう。人生は何のためにあるんでしょう。人間を出発点にしている限り、その答えがないんですね。人間の目的は、人間を造った神に聞かねば分からないのです。
▼聖書によると、人間は神の愛と力を受けてそのエネルギーで神の栄光をあわらすために造られたんです。それを分かりやすく語っている聖書の箇所があります。こう書いてあります。……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 04 May.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<itunes:author>高原剛一郎</itunes:author>
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	<title>No.422　モーセに見る謙遜の秘訣</title>
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私は先日、ロンドンの交通局が作ったコマーシャル・フィルムを見ました。白いユニフォームを着た4人と、黒いユニフォームを着た人が4人います。そしてこの白黒2つのチーム8人が、入り乱れてお互いのチーム内でバスケットボールのパスをするんです。「さて、白いチームは何回パスをしたか数えてください」っていうんですね。目を凝らして数えると13回でした。ところが次の画面でテロップが出ます。「あなたは熊のぬいぐるみを着た男が、ムーンウォークをしながら画面を横切ったことを気づきましたか？」。
え〜っ、ともう一度巻き戻してみると、確かに熊のぬいぐるみ男がクネクネしながら右から左へと横切っているではありませんか。続けてテロップが出てきます。「見ようと思っていないものは見落としてしまう。だから自転車に注意しよう」、という公共広告だったんですね。いや、いっぱい食わされましたね。しかし、このコマーシャルは見事に真理をついていると思います。
▼どんなに目立つものが目の前に有っても、他のものに気を取られていたり、見ようとしていない時にはそれが見えないのです。それは神様についても言えると思います。あなたをお造りになった創造主は、あなたを愛し、あなたを生かし、あなたに人生の使命とプランをお持ちです。ところが神なんかいないと思い込んでいる時には、証拠を示されても気づかないんですね。そこで、神なんかいるわけないという考えを一旦脇に置いて、神はおられるに違いないと思って聖書をひも解いてみられることを、是非お勧めしたいと思うんです。
▼さて、今日は自分に対する神の使命に生きた人物の中から、平安を持って生きる秘訣を考えたいと思います。その人物の名前はモーセです。彼は聖書によると、最も謙遜な人物、最も柔和な人、他人の批判に対してそれに落ち着いて対応できた人だと紹介されています。旧約聖書の最も基礎の部分、創世記から申命記までを編纂した人物。多くのリーダーから、リーダーの中のリーダーとして研究され注目されてきた人物がモーセです。このモーセの人生を短い節で示している個所があります。……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 27 Apr.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<itunes:author>高原剛一郎</itunes:author>
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	<title>No.421　父のふところにいるひとり子の神</title>
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先日、自動車メーカーのホンダが送る、とてもユニークなダイレクトメールの紹介がありました。その手紙を水に濡らして、クシャクシャと丸めて地面に埋めると、やがて芽が出て美しい花が咲くっていうんですね。紙は再生紙を利用しているので、全く環境に悪影響を与えないっていうんですね。「洒落たことをするなぁ」と感心しました。
▼ところで聖書は神の言葉ですが、これは勉強するための本というよりも、神があなたという個人に宛てたダイレクトメールなんです。そして応答返信を期待して語られた手紙なんですね。しかもその言葉を受け入れた者の心の中に、根を下ろし、芽を出し、花を咲かせ、素晴らしい人生の実りを実らせる、生ける言葉なんです。そして今日はあなたに永遠の命を実らせる、神の言葉を紹介したいと思うんですね。聖書はこう語っています。
▼「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである」。ここから三つのことを考えたいと思います。
▼第一に、神は目で見ることの出来ない存在です。では、見えない神がおられるということを、どのように信じることが出来るんでしょう。神がお造りになった作品をとおして、作者たる神を知ることが出来るっていうんですね。ところで現代の物理学者が一致している見解がひとつあるんですね。それは宇宙には始まりがあり、その宇宙は現代に到るまで猛烈なスピードで膨張しているということです。これに異論を唱える物理学者はまずいないと言って良いと思うんですね。宇宙は大昔に突然、爆発的に誕生し、膨れ上がり、広がって今日のような姿となったっていうんですね。これをビッグバンと言います。
▼ところで普通、ダイナマイトで大爆発を起こせば、次の瞬間は残骸だけで何も残りません。ところが宇宙の場合は、規則正しい天体が秩序立って運行しているのは何故でしょう。今、宇宙には大きな力が二つ働いています。一つはビッグバンの爆発力で、膨張して行こうとする力です。もう一つはビッグバンによって生じた破片を、再び集めようとする力、重力という力ですね。もしビッグバンがもう少し小さかったならば、宇宙はとっくの昔に縮んでつぶれてます。逆にビッグバンがもう少し強かったならば、宇宙物質があまりにも速く広がるために銀河は形成されていませんでした。宇宙の広がって行こうとする力と、縮んで行こうとする重力がちょうどドンピシャの力で釣り合っているがために、宇宙は見事な調和を保っているんですね。……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 20 Apr.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<itunes:author>高原剛一郎</itunes:author>
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	<title>No.420　キリストによる人生の戦略</title>
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今から200年ほど昔、フランスにナポレオンという軍事の天才がいました。彼は数々の戦争に勝利して行きますが、その中で戦争に関する名言を幾つも残しています。その一つにこういうのがあります。「戦術のミスは戦略によって解消できるが、戦略のミスは戦術によってカバーできない」。戦術というのは戦争を行う時の、個別的な小さい作戦のことです。戦略というのは戦争を行うための全体的な計画のことです。戦いで一番大切なのは、大きい戦略目標です。そこを間違ったら、小さい戦いで勝っても意味が無い、最後は敗北だって言うんですね。
▼これは人生においても言えることです。どこの学校に進学するか、どこの会社に就職するか、どんな家に住むか、これも皆戦術レベルの話ですね。何のために生きるか、何のために人生を使うか、人生の目的は何か、これは戦略レベルの話です。人生でまず確立すべきことは、正しい戦略を持つっていうことですね。これが定まれば、戦術は見えてくるんです。ところで聖書は、人生を戦いになぞらえて語っている、そんな個所が有るんですね。
▼「世に勝つ者とはだれでしょう、イエスを神の御子と信じる者ではありませんか」
イエス・キリストを神の子と信じる者、イエス・キリストをイエス・キリストの主張された通りの方として自分の救い主として信じる者は、人生の勝利者なんだと聖書は語るんですね。
▼第1にいかに自分の罪が深くて重くても、キリストがその罪を完全に赦してくださったがために、罪に対して勝利者になるんです。ところで私達は人から罪を加えられた時、なかなか赦すことが出来ませんね。いや、親切心から良い忠告をしてくださった、そんな時ですら、図星で痛い時には素直に聞けずにイライラしてしまう時があります。そんな人間が他人を赦そうとする時、大体二つの方向に行くと思います。
▼一つ目は天災だと思うことですね。落語にある『天災」というネタがあります。ケンカっ早い男の短気を直すために、石門心学の先生が伝授するものの見方です。例えば丁稚が水まきをしていて、それが自分の着物に掛かった時に、丁稚が引っかけたと思うから腹が立つ。大草原を歩いている最中、急に夕立に遭ったと思いなさい、天災に遭ったと思ったら平気でおれるでしょ、と言うんですね。実は、これは日常で良く聞くことなんです。あんな奴、上司だと思うから腹が立つんだ、あいつは人間の形をした動物やと思え。動物が吠えても腹が立たんやろ、だって相手は動物なんだから。そんなのとまともに向き合っても仕方ないよ、というような場合ですね。……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 13 Apr.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<itunes:author>高原剛一郎</itunes:author>
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	<title>No.419　心の渇きをいやすキリスト</title>
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さてアメリカでは今年、大統領選挙があります。もしヒラリーさんが大統領になれば、アメリカ史上初の女性大統領でした。もしオバマさんが大統領になれば、アメリカ史上初の黒人大統領です。もしマケインさんが大統領になれば、アメリカ史上初の70台の大統領誕生です。
▼ところで大統領夫人のことを、ファーストレディと言うんですね。この歴代ファーストレディの中で、最も尊敬されているのは誰でしょう？それはエレノア・ルーズベルトという人なんです。第32代フランクリンルーズベルト大統領夫人なんですね。彼女はいつも、弱い立場の人、少数移民の立場に立って沢山の活動をしました。しかし初めから活動的な女性では無かったんです。実は子供時代は、とても内気で悲観的で、そして消極的な人であったのです。彼女の父親は大統領を出した名門の出身で、大金持ちで、その上とてもハンサムでした。彼女の母親は女優のようにとびきりの美人で、やはり名門、大富豪の出身です。
ところがこのお母さんは、エレノアを産んだ時、とてもその容姿に失望したのです。お姉ちゃん達と違って、美しくなかったからです。母親は、彼女を他の娘とは違った扱いで扱ったんです。彼女に付けられたあだ名は、「醜いアヒルの子」であったのです。このお母さんが、エレノアが8歳の時に亡くなります。そして翌年には弟が亡くなります。彼女は淋しくなって、お父さんにまつわりつきます。ところがこのお父さんはアルコール依存症だったんですね。アルコールが入ると人格が豹変するんです。エレノアが10歳の時、このお父さんが亡くなります。彼女はみなし子になり、母方のお祖母さんが義務感で彼女を引き取ります。そしてとても辛い少女時代を過ごすんです。その結果、彼女は三つのことを確信したと言います。
▼第1に私は魅力的ではない。第２に、私に対する愛は持続しない。第３に、最も頼りにしていた人も、自分を失望する人に変わり得るのだ。10代にしてこのことを深く確信した彼女は、消極的にならざるを得なかったんですね。しかしある人との出会いが、彼女を大きく変えるのです。実は彼女が一番苦手としていたのは、ダンスパーティでした。誰も誘ってくれないからです。ところがある時、一人の立派な青年が彼女に申し込んだのです。その青年こそは、第32代アメリカ大統領となるフランクリン・ルーズベルトその人でした。ルーズベルト青年は、とても男前で、有能で、社交界でも皆の憧れの的でした。誰の目にも素晴らしいと一目置かれるその人物が、あろうことか自分を選んだんですね。これが大きな自信となったのです。
▼人間は、誰からも尊敬されている人から尊敬されることで、自分を認めて行くことが出来るんですね。ところが晩年、彼女は夫に裏切られます。夫が秘書と男女の関係に入ってしまうことを、知ってしまうからです。その時のショックは誰にも想像できないほど深いものであったと思われます。いつまでも変わらない、裏切られることのない愛というものはこの世に無いんでしょうか。聖書の中に、一人の型破りな女性が出てきます。今まで……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 06 Apr.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<itunes:author>高原剛一郎</itunes:author>
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	<title>No.418　神を見上げて救われる</title>
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さて、物作りには2種類の方法があるようですね。鋳型に流し込む方法と、たたき上げて行く方法です。鋳型を使うと同じものが大量にしかも早く出来ますが、出来た製品はもろく、割れやすく、衝撃に弱いんです。しかしたたき上げたものは、世の中に一つしかないもので、しかも強靱なものに仕上がるんですね。神様は、人間を大量生産の製品のようには作りません。一人ひとり、世の中に一つしかない芸術作品として練り上げ、鍛え上げ、その人の一生をかけて完成に向けて仕上げて行かれる方なんですね。
人生の中にいろんな試練や苦難がありますが、神様はそれをただの悲しみにとどめ置くことなく、意味のあるものへと引き上げて行くことが出来る方なんですね。聖書の中には、苦難の中にある人への語りかけが沢山出てきます。その中にこんな言葉があるんですね、
「彼らが主を見上げると、彼らは輝いた。『彼らの顔を恥かしめないでください。』　主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。」

▼ここには聖書の大原則が書いてあります。救い主を見上げるものは、苦難の中でも輝くんだ、っていうんですね。何故でしょうか。
第1に神を見上げている間、我を忘れることが出来るからです。現代の精神医学や心理学は、フロイトという人から決定的な影響を受けているんですね。その特徴をひとことで言うと「自分の内側を見つめる」ということです。自分の過去をさかのぼり、自分の生い立ちを考え、終わってしまったことに注目し、過去の事件が現在の自分を決定付けていると考える見方なんですね。過去や自分の内面を探ることは、ある場合は有益なこともあります。しかし多くの場合、人間を過去に縛りつけてしまって、まるで生い立ちをいう宿命によって未来までもが動かしようのないことであるような印象を与えてしまうんですね。

▼しかし聖書は一貫して、自分にこだわることの無益さを語っているように思うんです。人間の内側にはもともと良いものは無いからです。それは探ってみて分かることではなく、初めから分かってることなんだっていうんですね。自分の内側に立派なものを探そうってするのは、不毛の努力なんですね。あるところでゴルフコンペがありました。コースを回っている最中に、一人の部長さんに携帯電話が入ったんです。電話を受けた部長は、見る見るうちに顔面蒼白になったそうです。実は彼の担当していた会社が、不渡りを出して五千万円が焦げ付くことになってしまったからです。さっきまで自信満々でゴルフに熱中していたのですが、そんな勢いはどこへやら。彼はあるクリスチャン弁護士に相談に行きました。そこでたとい、回収することが出来たとしても、5％がやっとのところだと言い渡されます。かれはもう、どん底の精神状態になって行きます。
▼「あぁ、私の目が節穴だったからこんなことになった、五千万円の焦げ付きで会社は倒れることはないだろう、しかし大損害だ。私は責任をとって辞めなければならない。しかし家のローンがまだまだ残っている。子供たちも養って行かなければならない。私はなんというダメ人間か。」彼は自分の失敗にフォーカスを絞って自分の人生を考えると、全て失敗するために今までの人生があったかのように見え出して来たんです。今まで順調に来たのも、最後の最後で失敗するためだった・・そのようにすら思えてきたんです。……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 30 Mar.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<itunes:author>高原剛一郎</itunes:author>
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	<title>No.417　素顔でキリストを見上げる</title>
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最近、アンチエイジングという言葉を良く耳にします。アンチというのは反対すること、エイジングとは年を取って行くこと。アンチエイジングというのは、何時までも年を取らずに若々しく輝いてるっていうことなんですね。それで酸素カプセルに入ったり、良い香りのお風呂に入ったり、体中にオリーブオイルを塗りたくったりしますね。そういうのも良いと思うんですけれど、一番良いのは内側から喜びがにじみ出るような生き方にあるのではないかなと思うんですね。

▼実は聖書の中に、輝いて生きる秘訣が書いてあるんです。こう言ってます、「わたしたちはは皆、顔のおおいを取りのけられ、主の栄光を鏡に映すように見ながら、栄光から栄光へと主と同じ形に姿を変えられて行きます。これはまさに御霊なる主の働きによるのです。」これは直接的には、クリスチャンに対して語られた言葉ですが、ここに人が輝いて生きる三つのステップが記されてるように思うんです。

▼第一に顔のおおいを取りのけて神の前に出るってことです。顔のおおいって何でしょう。自分の素顔を知られないように、隠しているマスクのことです。自分の本心を見えないように描いたメイクです。自分の本当の姿を覆い隠す態度のことを、顔のおおい、って言うんですね。人の前では繕った態度を取ることも、ある時には仕方がない時があります。
しかし、少なくともあなたをお造りになった作者である神の前には、あなたはありのまま、正直に、すっぴんの心で出ることが大切なのです。なぜなら神は正直なものに対して、憐れみ深い方であるからです。福岡にある少年刑務所で一万人以上のカウンセリングをした相部和男さんの話に次のようなものがあります。

▼ある時、少年院でも手の付けられない乱暴者の少年を個人面談することになりました。彼は生後間もなく父親と死に別れ、母親はほどなく彼を捨てて男の所へ走ったので、幼い時から叔父夫婦の手で育てられました。伯母は自分の子供には小遣いをやりましたが、彼には1銭も与えなかったのです。ご飯は三杯以上食べることを厳禁し、極端な差別待遇を受けました。そのため、少年は小学校2年頃から盗みを働き、やがてそれが習慣になりました。叔父はその度に体罰を加え、素っ裸にして家の外に放り出しました。
▼小学6年の時、たまたまお爺さんから、叔父夫婦が実の父親、母親でないことを聞かされますますひねくれました。同時に自分を産んだお母さんにどうしても会いたくなり、そして中学卒業後間も無く彼はお爺さんに連れられ、夢にまで見たお母さんにようやく会うことが出来たのです。そのころ母親は、別の男性と同棲していました。初めは暖かく迎えてくれましたが、彼がお母さんと一緒に暮らしたいとお願いすると、急に冷たい態度に変わり、拒否されました。優しいお母さんのイメージが完全に壊れた後、彼はやけくそになり、少年院入所と出所を繰り返すようになります。しかし院の中でも暴れ回る、どうにもならない人間と思われたのです。しかし相部さんは時間をかけて、彼の心の叫びを聞きました。4回の面談で自分がどんなに醜い過去を告白したとしても軽蔑されないということがわかると、彼は正直に自分のことを打ち明け、それと共に前向きに……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 23 Mar.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<itunes:author>高原剛一郎</itunes:author>
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	<title>No.416　闇を光に変える神</title>
	<link>http://biblegospel.org/program/416/416_b.mp3</link>
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さて、この数年石油の値段がすごく上がりました。それにつられるようにして、金が上がり、小麦が値上がりし、食料品まで跳ね上がっています。多くの資源を外国からの輸入に頼る日本にとっては、大きな負担ですね。ところが日本というのは一見資源の乏しい国のように思われていながら、実は隠れた資源大国だって言うんですね。どういうことでしょう。

▼パソコンや家電製品の中には沢山の電子部品が使われていますね。その電子部品には金や銀やタンタル、インジウムなどのレアメタルが使われてるんです。そしてこれら製品に使われている、希少金属を合計してみると、世界最大の規模になるっていうんですね。たとえば日本国内の家電製品に含まれている金の量は、6800トンに達します。これは世界最大の金の産出国、南アフリカの天然埋蔵量を軽く抜く量です。そして全世界に埋蔵されている金の16％に当たるっていうんですね。銀は6万トン、インジウムは1700トンでこれはそれぞれ世界の埋蔵量の23％と16％に相当します。
▼では、これらの希少金属は今どうなってるんでしょう。なんと使用済み製品の廃棄物処理で、ゴミとして放出されているんです。もしこのような都市資源を取り出すことができるなら、日本は世界一の資源大国に変身することになるんですね。そして現在、そのための研究が始まっているのです。今までゴミとして厄介者扱いをされてきたものが、宝の山になるって言うんですね。

▼さて聖書の中にこんな言葉があります。「わたしは盲人に、彼らの知らない道を歩ませ、彼らの知らない通り道を行かせる。彼らの前で闇を光に、でこぼこの地を平らにする。これらのことをわたしがして、彼らを見捨てない。」ここには神様の自己紹介と約束が書いて有ります。神とはどんな方でしょう。「闇を光にする神、でこぼこ道を平らにする神。いわば忌まわしいものを有益なものに変える神、マイナスをプラスにする神。問題を祝福に変えてしまう神なのだ」と言うんです。

▼盲導犬クイールの育ての親で、世界的にもその名を知られる訓練士に多和田悟さんという方がおられます。これまでに200頭以上の盲導犬を育て上げ、犬語を話すとまで言われてる方なんですね。多くの訓練士からは魔術師と言う風に言われています。どんなにヤンチャな犬達も、彼の手にかかればたちまち喜んで従うからです。
▼先日彼のインタビュー記事を読み、感動いたしました。実は多和田さんが、盲導犬訓練士になるのに二人の人物との出会いが決定的であったというんですね。一人は塩見三雄という牧師です。塩見牧師は18才で失明した経緯がありました。やがて同志社の大学院まで進みますが、盲目のハンディキャップのため通常の教会では受け入れてもらうことができず、それで京都でゼロからのスタートを切り伝道していました。そこへ三代目クリスチャン、多和田少年が出入りするようになったのです。塩見牧師はアメリカから戻った時、当時めずらしい盲導犬を連れて帰ってきたことが多和田少年と本物の盲導犬との最初の……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 16 Mar.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.415　結婚の奥義とキリストの福音</title>
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私は先日結婚式に招かれました。聖書のメッセージをするために呼ばれたんです。さて、教会の結婚式で必ずといっていいほど、読まれる聖書の箇所があるんですね。こんな箇所です。それゆえ人は父と母を離れ、その妻と結ばれ、二人は一体となる。この中に結婚式に表される三つの真理が、書かれているように思うんですね。

▼第一は、父母を離れると言うことです。
　結婚式というのは父母にとっては「子別れ式」、子供にとっては親との「決別式」です。結婚するまでは、自分にとって一番重要な人間関係は、親子関係だと思うんですね。親としっかり結ばれ、また和解できてないと、いろんなところにひずみが生じてくるもんです。普通の家庭であるならば、子供が大事な事を決めるとき、第一の相談相手は親だと思います。しかし、結婚したなら、第一の相談相手は、自分の伴侶ですね。ひとたび結婚して夫婦になったら、夫はお袋の味を持ち出してきて、妻を比べたりしてはいけないんです。自分のお母さんがいかにしっかりもので偉大な女性でも、妻にその人物像を押しつけてはなりません。母親がいかに立派な人でも、その人は、父の妻であって、自分の妻ではないからです。
　それと同じように妻も、自分の父親と自分の夫を比べてはなりません。大抵の場合、父親は娘に甘いと思います。そして、大目に見てます。そして、理解者であり続けて来ました。夫よりも長く生きてるので、人生経験も知識も豊富ですね。しかし、お父さんがいかに偉大な人でも、人の夫、自分のお母さんの夫であって、自分の夫じゃないんですね。ですから、夫に対して、お父さんはこうだったとか言って、持ち出さないことです。なぜなら結婚というのは、父母と切れた人がすることであるからです。父母と切れるんです。両親は血のつながったよその夫婦です。このように父と母から精神的にも経済的にも、自立することを確認する式なんですね。
　自立というのは、自分のことを自分で考え、自分で判断し、自分で決めることが出来るということです。両親と子供の分離式、それが結婚式の第一の面です。

▼第二に、その妻と結ばれたことを再確認する式です。
　結ばれるということばは、受け身ですね。自分で絡みついていくんではなく、また、相手に絡め取られるのでもない、二人を結ぶ神の導きを確信するということなんですね。両性の合意だけではなく、夫と妻との間に、神という仲介者、あるいは、神という強力接着剤で結ばれたことを確認する式なんです。
　最近は、簡単に結婚して簡単に別れます。なぜでしょう。結婚の土台が人間の自由意志にだけ、のっとっているからです。だから好きだと思うとくっつくけど、いやになったら簡単に別れるんです。しかし、キリストはおっしゃいました。神が結んだものを人は離していけないと。
　以前、割れた爪の修理をしくじって、アロンアルファという強力接着剤で指がくっついてしまったことがありました。それを無理に離しました。一旦強力にくっついたものを無理矢理引き離したらどんなことが起こるでしょう。ひどく傷つくんです。一度結んだものを引き離したら、一人だけが傷つくのではなく、夫も妻も両方ともに、ひどく傷つくんです。問題はどこにあったんでしょう。人間関係の中心に神をすえていなかったところにあるんではないでしょうか。天地を創造なさった生ける神が、自分に出会わせて下さったと認めないからではないでしょうか。……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 09 Mar.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.414　罪赦される唯一の道キリスト</title>
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私が子供の頃、友だちと約束するとき、念押しのために指切りというのをしました。小指を絡ませてこう言うんですね。「指切りゲンマン、ウソついたら針千本飲ます。」と言うんです。「指切った！」で終わるんですが、この指切りというのは、もしウソをついて約束を守らない場合、指をちょんぎっちゃうぞ、しかもゲンマンだというのです。ゲンマンというのはゲンコツ一万発のことです。さらに針を千本飲ませると言うんですから、まあ、よくよく考えると恐ろしい契約なんですね。しかし、このような言葉遊びは、世界中に似たのがいっぱいあるそうです。そして、そこには一つの普遍的な価値観が表れているように思うんですね。つまり、ウソという裏切りの罪を犯すものは、必ずひどいめにあうべきだ。罪や違反には、罰が下るべきだという考えです。今、世界中に色んな国があり、いろんな法律がありますが、一つ共通していることがあるんですね。罰則の伴わない法律はないということです。違反しても罰がない法律は、あってもないのと同じだということをみんなよく知っているんですね。
▼福岡県に相部教育研究所という機関があります。所長の相部和男さんは、40年以上にわたって少年院法務官や、保護観察官を務めた方です。その間、一万人以上の非行少年を面接指導してきた方です。彼は非行少年の問題行動の原因を探るため幼児期の育てられ方を、徹底的に調査しました。本人や保護者と面談を繰り返して、生の情報を聞き取ったんです。その結果意外なことが分かったんですね。非行少年の内、放任で育てられたのは、わずか20％なんです。最も多かったのは、溺愛されて育ったのが62％、約３分の２を占めたと言うんです。それまで相部さんには、先入観がありました。非行に走る子供はきっと愛情に飢えた子供たちに違いないと思ったんです。ところが実際は逆だったんです。幼い頃に甘やかされて育つ子ほど、子供は思春期になったときに問題行動を起こしやすいというんです。なぜでしょうか。溺愛された子供はわがままだからです。やがて親の言うことを聞かなくなります。それで親はガミガミ口うるさくなります。それでも言うことを聞かないと親は暴力を振るうようになります。子供は耐えられなくなって刺激やはけ口を求めて家を出ます。わがままに育った結果、自分の欲望をコントロールする方法を知りませんので、すぐに悪い遊びに飲み込まれてしまうというんですね。
▼先日、私はイスラエルに行きましたが、イスラエルの国の半分は荒野です。一年の大半は雨が降らないんですね。ところがガンガン照りつける中東の太陽と、塩分を含んだ荒野の大地で、飛びっきり甘いトマトが栽培されているんです。一体どんな栽培方法なんでしょう。極限まで水と肥料を減らして育てるという栽培方法です。ホースで一時間にわずか数滴、根っこに直接しずくがかかる程度にしか水をやりません。そのために土はパサパサ、葉っぱはどれもこれもしなだれて、下を向いているんですね。ところが実だけは、はち切れそうに実っているんです。よーく見ると実の表面から無数の産毛が生えているんです。余りにも養分、水分がギリギリなので、産毛を通して空気中の窒素やカリウムや水分を吸収して、生き延びていってるんです。通常では見られない眠っていたトマト本来の生命力が目を覚ましているんですね。……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 02 Mar.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.413　罪人の愛と神の愛</title>
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この間、私の尊敬する先輩のクリスチャンが、しみじみこう言いました。「高原兄弟、年をとると、毎年確実に一つづつ出来ないことが増えてくる。自分にとって武器だと思えていたことが一つ欠け、自分にとって特技だと思っていたことが二つ欠け、自分にとってこれがあるからこそ私だと思う条件が三つ欠け、ゆっくり弱くされて行くと、何か自分がビルの残がいみたいな気持ちになってくるよ。でも自分が残がいのようになればなるほど、この私のために、この無残な私のために命まで捨ててくださった神の愛が迫ってくるよ。」って言うんです。
▼私も少しこの方の気持ちが分かります。私は年間180回くらい講演します。それは私にとって喜びです。神さまの愛を宣べ伝える働きに用いられることは、私にとって誇りであり、特権であり、また力の源です。ですが時々、メッセージが途中でバラバラになる時があるんですね。そして空中分解したメッセージの直後、私は大いに落ち込みます。なぜ落ち込むんでしょう。こういう自分なら自分として認めてやるが、これが出来ない自分は自分として認めない、という見方がどこかにこびり付いているからだと思うんですね。そしてこのような傾向は、私だけではないと思うんです。多く人が、ほれぼれするような自分は認めても、そうでない自分にひどく傷つき、立ち上がることができない方々は少なくないと思うんです。
▼一体、このような人間観をどこで、どのようにして身に付けて来てしまったんでしょう。その答えは、いわゆる愛の問題に由来しているんではないか、と私は考えています。私達は、どんな人でも愛されたいと思ってますね。また愛したいと思っています。しかし人間が生まれつき持ってる愛、ポップスやドラマで取り上げられる愛ってどんな愛でしょう。キリストは人間の愛の本質を次のような言葉で語っています。「自分を愛する者を愛したからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、自分を愛する者を愛しています。自分に良いことをしてくれる者に良いことをしたからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ同じことをしています。」聖書は自分を愛する者を愛する愛、自分に良いことをしてくれる者に良くする愛を「罪人の愛」だと看破しています。
▼何でこれが罪人の愛なんでしょう。一言で言えば相手を愛する理由が、自分を喜ばせるところにある愛だからです。一般的に男性は美人に弱いですね、そして女性は優しい人にクラクラと来るんじゃありませんか。どうして美人を愛するんでしょう、その美しさが自分を楽しませてくれるからです。どうして優しい人を好きになるんですか、その優しさが自分を喜ばせてくれるからです。ですからその美しさに飽きたら、愛するのを止めます。あるいはもっと美しい人が現れると、心変わりして捨てます。そして乗り換えます。しかし、もっともっともっと美しい人が登場すると、またしても心変わりして相手を捨てます。どうして愛を停止したんでしょう。もはや自分に喜びという利益をもたらさなくなってしまったからです。自分の役に立たないと見るや否や……（つづく）
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	<pubDate>Sun. 24 Feb.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.412　イエスの中に秘められた宝</title>
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私は先日、神戸の企業オーナーの集まりでお話をしました。講演の後、自然に13年前の阪神大震災の話になりました。ところで今年小学校を卒業する子供たちは、全員地震の後に生まれた子供たちです。地震の恐さは話には聞くけど、やっぱりピンときてないんですね。それで、あるところではサバイバルリュックサックを一人一つずつ配ったんだそうです。このリュックサックの中には、乾パン、水、避難場所カードに始まり、自家発電装置付き小型ラジオまで入っているようです。リュックサックはひと包みですが、その中には地震や非常時に必要な全てが収納されているのです。
ところで聖書の中に次のような言葉があります。「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」
小さなリュックの中に命に関わる七つ道具が全て揃っているように、キリストの内に人間が必要とする全てが秘められていると言うんです。いったい、キリストの中に何があるんでしょう。
▼第一に罪の赦しがあるんです。神に対しても他人に対しても、人が行った全ての罪を洗い流すためにキリストはご自分の命を捧げてくださいました。誰でもキリストによる罪の赦しを受け取るなら、神はその罪を赦すだけではなく、その罪を忘れてくださるって言うんですね。私の義理の母は晩年、老健施設でお世話になってました。ある時スタッフの方の介護で車イスに乗ってトイレに行ったんです。ところが些細なことで機嫌を損ね、トイレの前でスタッフと大口論になってしまったんです。怒ったスタッフは何を思ったか、母をトイレに一人置き去りにして詰め所に帰ってしまったんですね。何十分かトイレに放置されていた母を他のスタッフが発見しました。そうして家族である私達に謝罪したんですね。それで私達も事件を知ったんです。
ところで小さい集団の中で人間同士が衝突すると、いつまでも気まずい関係になってしまうことがよくありますね。私は母がこれからもあのスタッフと、上手くやって行けるかどうかと心配になりました。それで「お母さん、大丈夫ですか。あの人と仲良くやって行けますか？」と訊くと、「何が？」って言うんですね。何と母は、昨日有ったトラブルをすっかり忘れてるんです、実は認知症が進んでたんですね。そしてそのスタッフは実に気持ちの良い青年だと言って、カラカラ笑ってるんです。私はそのとき、忘れるということの幸いを教えられたように思いました。
▼嫌なことはすっかり忘れているので、人間関係に何の翳りも生じないのです。忘れるということ程、気持ちの良い仕切り直しはありません。私達は自分のしたこと、また人からされたことを忘れることができないので、なかなか新しいスタートを切ることができないでいるんではないでしょうか。しかし神様はあなたの罪を赦すだけではなく、忘れてくださる方なんです。なぜそんなことが可能なんでしょう。キリストの血潮があまりにも強力であるからです。
▼第二にキリストの中に罪の赦しだけではなく、赦された人を……（つづく）
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	<pubDate>Sun. 17 Feb.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.411　イエスこそ我が資格</title>
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今から20年ほど前、私は韓国の教会に招かれ聖書のメッセージをすることになりました。生まれて初めて外国から招かれた私は、大いに張り切っていました。メッセージを準備し、荷造りも万全。航空チケットとパスポートを持って2時間前に空港に着き、さあいよいよフライト手続きという時、私はカウンターで思いがけない宣告を受けたんです。
▼「あなたは韓国に行けません」って言うんですね。「何でなんですか」と言いますと、「入国ビザを持ってないからです」って。今でこそ韓国はビザ無し渡航ができますが、当時は入国ビザ無しには入れなかったんですね。私は「そこを何とか」と粘ったんですが、何ともなりませんでした。諦めきれない私は大阪にある韓国領事館に電話をして、特例で見逃してくれという風に頼み込みましたがあっさり断られ、それでも食い下がってると途中で電話を切られてしまったんです。私には準備したメッセージがありました。航空チケットもありました。「行きたい」という熱意もあったんです、しかし一つ欠けているものがあったんですね。入国資格証が無かったんです。これと同じことが、天国についても言えるんです。「天国に行きたい」という熱意がどれだけあったとしても、熱意で行くことはできないんですね。天国の国家元首である神が発行した、入国資格証が必要なのです。この天国に入る資格こそは、「イエス・キリスト」なんです。
▼キリストを持っているということだけが、天国に入る条件なんです。聖書はこう語っています、「キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとになられました」。キリストを救い主として信じることだけが、義ときよめと贖いという「天国ビザ」なんですね。
昔、イスラエルにダビデという名君がいました。彼はもともと貧しい羊飼いでしたが、ついにはイスラエルの王様にまで上りつめる人です。しかしそこに至のは決して生やさしいことではなかったのです。彼の1代前の王様、サウルという人物は自分の地位をダビデが狙っているに違いないと被害妄想を抱き、幾度となくダビデの命を殺そうとするんです。時の絶対権力から睨まれた人間がどれほど恐ろしい目に会うのか、自由の国日本に住む私たち日本人には想像を絶する恐怖とピンチが、次々とダビデの身に降り掛ります。ところがダビデには思わぬところに、心強い味方にして親友がいたんですね。それは自分の命を狙うサウル王の息子、ヨナタンという人物です。
▼ヨナタンは王子でありながら、ダビデの人格にほれ込んで「ダビデこそ次の王様に相応しい」と心から思ってる人でした。サウルのダビデ暗殺指令は王子ヨナタンを通して、全部ダビデに筒抜けになりました。ヨナタンの助けによって、ダビデは九死に一生を得るんです。やがてサウル王と王子ヨナタンの一族は戦争で命を落とし、ダビデが晴れて王位に就くんです。ダビデが自分の王座に就いた時、彼は一風変わった命令を出しました。「サウル王家に生き残りがいたら、その人を連れて来て欲しい」と言うんですね。彼に恵みを施したい……（つづく）
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	<pubDate>Sun. 10 Feb.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.410　重荷を取り去る主のもとへ行こう</title>
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さて私は携帯電話を持つようになって、一つできなくなったことがあります。電話番号を覚えることができなくなったんですね。携帯のアドレス機能に頼るんで、自分の家の番号まで怪しくなっている始末です。携帯電話を持つまでは、6つ7つ位は電話番号を覚えていたってことが今では不思議に思うんですね。ところで電話番号を暗記する秘訣があります。それはしょっちゅうかけることです。頻繁にかけてる番号っていうのは、しっかり覚えてるもんなんですね。
▼同じように相手に覚えてもらうためには、しょっちゅう会うことです。会えないんだったら、一筆手紙を書くことですね。それもマメに書くことです。書くときには短い方が良いそうですね。皆、忙しいですから。また字は下手な方が良いそうです、相手が必死に読んでくれますから。そして表現も乏しくて良いそうです、相手に優越感を与えるからですね。とにかく働きかけを止めないこと、これが相手に伝わる秘訣なんだそうですね。そう聞いて私は勇気づけられました。この番組はたった15分で短いんですが、繰り返しこの福音を語り続けています。それは「神様があなたに対して何としても伝えたいメッセージ、それが福音だ」と確信しているからです。
▼さて聖書の中にキリストのこんな言葉があります。「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」キリストはあなたが背負っている重荷を引き受けるために、天からこの地上に下った神です。ところでキリストに負っていただく重荷とは、どんな重荷でしょう。人を押し潰そうとしている重荷とは、どんな重荷なんでしょう。
▼第一に、思い煩いという重荷ですね。私は以前、ディック・ライダーという人の書いた「人生に必要な荷物、いらない荷物」という本を読んだことがあります。ディックさんは東アフリカのセレンゲディ高原を横断する旅に出るんです。そこはまさに野生の王国で、旅の途中近代的な町を通るということが無いんですね。一番近い病院まで、車で200kmも離れたところ、そんな場所にしかないんです。それで彼は万一に備えた荷物を作ったんです。リュックサックの中身は応急処置のキットをはじめ、旅を楽しく便利に過ごすためのものがいっぱい詰まってました。食事の道具、切ったり削ったりする道具、穴掘りの道具、方角を知るための道具、星を眺めるための道具、地図を読む道具、記録する道具、写す道具、絵を描く道具、ありとあらゆる場面を想定してありとあらゆる道具を持って行ったんです。しかし彼を案内した現地のマサイ族の男は、槍を1本持ってるだけなんです。
▼このマサイの男がリュックの中身を見たいって言い出したんですね、それでキャンプを張った時、自慢げにずらーっと地面に並べて見せつけてやったそうです。そのうち彼はきっと「一つ欲しい」と言い出すに違いないと思いながら、その道具の説明をしたそうです。ところがマサイの男は一言、こう言ったんですね「これ全部あって幸せか？」……（つづく）
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	<pubDate>Sun. 03 Feb.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.409　考えを変えて神に帰る</title>
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日本のビールのシェアは長い間キリンビールがトップで、アサヒビールが2位だったそうです。このアサヒビールを日本一へと導いたのが樋口廣太郎という社長でした。彼は常々ナンバーワンになるためには、ナンバーワンの味がするビールを作らなければならない。でも美味いビールを作る、と言ってもどうして良いのかなかなか分からなかったそうです。ではどうやって業界トップへ導いていったんでしょうか。どうやったら美味いビールを作れるかと問うのを止め、どうやったら不味いビールを無くせるかを問うてみたら、ビールを新鮮なままに保つための課題がいくつも見えて来たっていうんですね。
▼この方によりますと現実が行き詰まったままなのは、行き詰まるような問い方をしているからだ、というんです。現実を変えたければ質問を変えなければならない、ものの見方そのものを逆転しなければならないっていうんですね。実は聖書の中に考えを変えることについての勧めが沢山出てくるのです。この考えを変えることを、ギリシア語でメタノイアーと言いますが、聖書ではこれを「悔い改め」と訳しています。聖書はこの悔い改めこそは、人生の行き詰まりを打開する秘訣だと言うんです。ある時イエス・キリストはひとつのたとえ話をされました。
▼「ある人にふたりの息子がいた。その人は兄の所に来て、『今日ブドウ園に行って働いてくれ』と言った。兄は答えて『行きます、お父さん』と言ったが、行かなかった。それから、弟の所に来て、同じように言った。ところが弟は答えて「行きたくありません」と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った「あとの者です。」
さてここに悔い改めについて３つのことが書いてあるんですね。
▼第1に神が望んでいるのは、一度も過ちを犯さないパーフェクトな人間ではなく、間違ったと思った後で思い直して出かける人なんです。今までの自分の態度は悪かった、間違っていた、勘違いも甚だしいと思い直すこと、従来の考えを変えることを「悔い改め」と言い、神はその態度をことのほか喜ばれるっていうんですね。
▼今から数年前、ある旅行会社に東京行き新幹線の往復チケットを予約し、それを取りに行きました。ところが家に戻ってから良く見るとそれは博多行き往復チケットなんですね。確認しなかった私もいけなかったんですが、お店の方が間違って手渡したんです。私はすぐに店に行って、「頼んだチケットと違ってるよ」という風に言いました。すると店員が言ったんですね「お客さん、大丈夫ですよ、交換してあげますから」。私はビックリしたんですね。間違ったのはお店の方なのに、まるで私が過ちを犯したかのように「交換してあげます」と言われたんです。私はとても不愉快な気分になりました。それは店員が主客転倒の勘違いをしていたからです。本来非があるほうが「赦してやる」と言い、本来迷惑を被った方が赦しをいただくということを当然のように思っていたからです。しばらくしてその店はつぶれてしまったんですが、そうなるのも不思議ではありません。……（つづく）

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	<pubDate>Sun. 27 Jan.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.408　自己の信念からキリストへの信仰へ</title>
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私は先日「ディア・ノーバディ」というイギリス人の書いた小説を読みました。
こんな話です。高校生の男女が好きでもないのに、雰囲気に流され性的な関係を持ってしまいます。そして女の子は妊娠するんです。お腹が少しずつ大きくなって行きます。彼女にはそれが不愉快でたまりません。それでお腹の赤ちゃんに、ノーバディと名付けて語りかけるんです。「ノーバディ」というのは誰でもない、何者でもない、なんでもない、というそういう意味です。彼女は当然のように中絶手術を受けようとするんですが、いよいよ手術間近となったとき、フッと産むように心変わりするんですね。
▼いったい何が起こったんでしょう。「ノーバディ」「ノーバディ」って呼びかけ語りかけてるうちに、情が通じ、思いが通じ合い、愛おしくなってしまったんですね。いつしか母性に目覚めてしまうんです。そうこうしている内に彼女には、自分のお母さんの思い出が欠落していることに気づきます。どんなに昔を思い出そうとしても、お母さんにちゃんと抱いてもらったことが無かったと気がつくんです。
「いったい私のお母さんってどんな人だったんだろう」とルーツ探しが始まります。そしてお母さんが私生児として生まれてきたことを知るんです。話はずーっと続くんですが、要するに自分を丸ごと受け止めてくれる親探しの物語なんですね。この、自分をしっかりと抱きとめてくれるセーフティネットのような存在が見当たらないことが、人を不安にしているのではないかっていうんですね。
▼そしてその不安の解消のため、人はホッとさせてくれるものを求めていろんなものにしがみつこうとしているんですが、ことごとく裏切られてしまうのではないでしょうか。聖書の中にこんな言葉があります。
「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」
▼人間が心騒ぎ立ち、動揺し、いわれ無き不安を抱えているその理由、それは本当の自分の魂の親である神から離れているからだと聖書は語るんです。私はこのキリストの言葉から3つのことをお話したいと思います。　
第一にあなたをお造りになった神が、おられるということです。時々「見えない神を信じることはとても難しくて、自分には無理だ」という方がいらっしゃいます。イギリスのケンブリッジ大学クイーンズカレッジでフェローをつとめるプロフェッサーにJ・ポーキングフォーンという方がいます。この方はノーベル物理学賞を受賞したディラク博士から直接指導を受けた理論物理学者であり、同時にキリスト伝道者でもある方です。彼は次のようなことを語ってるんですね。「神の存在を見分けることの難しさは、一つには神の不在を経験したことがないからです。ちょうどニュートンが重力を発見するまで、人々は重力の存在に気づかなかったのと似ています。重力はニュートンが発見する以前から、ズーッと人間に作用してきましたが、それが重力の存在を見つけにくくしていました。もしホンの一瞬、重力が途絶えた後で回復するなら、重力の有り無しの違いが明確になったことでしょう。ただし一瞬でも重力の存在が無くなるなら、その瞬間全ての物質も宇宙も崩壊してしまいます。……（つづく）
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	<pubDate>Sun. 20 Jan.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.407　主イエスによって神に近づく</title>
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私は先日「人体の不思議展」に行ってきました。そこに行くと本物の遺体に特殊な処置をして、腐らないまま保存された人体をジーッと見ることが出来るんですね。人体の構造を知るため、輪切りにしたもの、皮を剥いだもの、血管だけを残したもの、とありとあらゆる解剖パターンが展示されているんですが、不思議に気持ち悪くないんですね。それは私だけでは無いはずです。会場は沢山の女性も居ましたが「キャー」という黄色い声は一度も聞かれませんでした。むしろため息が聞こえるんですね。人体の構造のあまりの見事さ、美しさ、完ぺきさにうっとりするんです。そもそもこの人体解剖に最も熱心だったのは、レオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロ、ラファエロなどの画家でした。彼らは人体の美しさは外側にあるのではなく、内側の仕組みに支えられていると確信し、自ら解剖に関わって行ったんですね。
▼ところで私が感心したものの一つに耳小骨があります、耳の骨です。私は本物の耳小骨を初めて見ました。僅か数ミリの３つの骨が、シャーレーの中に入ってたんです。その仕組みの素晴らしさに、私は見入ってしまったんですね。
ところで人間は成長するに従って、骨は太く、長く、大きくなって行きます。サイズも重量も増えて行きます。ところが人体を支える骨の中でたった一つ、生まれた時のままのサイズで全く成長しない骨が有るんですね、それが耳小骨なんです。頭蓋骨は大きくなって行くのに、その頭蓋骨の中に収納されている耳小骨だけは、生まれた時から成長がストップしたままなのは何故なんでしょう。
▼この骨が変化すると、音の伝わり方が変化するからです。音の伝わり方が変わってしまうと、音の聞こえ方が変わってしまいます。生まれた時にドの音が、成長するに従ってレやミやファに変わって行くとしたら、どうなりますか。もう音楽は成り立たなくなりますね。さらに人の音の識別も出来なくなってしまうんです。生まれた時からサイズが固定したままの耳小骨の存在は、聞くための仕組みを知り尽くした設計者が存在していることの証拠になるんじゃないでしょうか。
▼その展示会場には、人体があまりにも合理的に出来ているのでパネルにこう書いて有ったんです「人体は自然が作った最高傑作である」。しかし自然が作ったんじゃないでしょう、自然は聞くということを知らないのですから。「聞く」とは何かを知っているものだけが、人が聞くのに都合の良い仕組みを与えることが出来るのではありませんか。
聖書は人間を作った作者についてハッキリと語っています。人間を造られた神がおられる、というんです。聖書が語る神は人間が作った神ではありません、人間を造った神なんです。あなたを造られた作者なる方、それが創造主なる神なんです。
▼ところで人体をどんなに、奥の奥まで解剖しても見ることの出来ないものがあるんですね。それは心です、命です、人格です。あるいは魂といっても良いでしょうね。精神という人もいます。この人間の本質部分についてはどんな顕微鏡も、またどんな画像診断装置をもってしても映すことは出来ません。
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	<pubDate>Sun. 13 Jan.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.406　神とつながる道イエス・キリスト</title>
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明けましておめでとうございます、高原剛一郎です。
今年も「聖書と福音」をよろしくお願いします。さてこの番組のタイトルにもなっている「福音」という言葉は、最近めったに使われませんね。それで「福音」のことを「ふくおん」と読む方までいらっしゃるんですね。「福音」って何でしょう。喜びの知らせ、しかも飛びっきり意外な喜びのニュースのことを福音っていうんですね。
▼先日私の友人がディズニーランドに行きました。平日なのにお客さんでいっぱいです。しばらくベンチで休んでいると、すぐ正面のベンチに4人家族がやって来ました。両親と女の子とお爺ちゃんです。どういう訳かお母さんは少しもうれしそうではありません。むしろカリカリしてるんですね、怒ってるんです。女の子に何か話す口調がとてもきついんですね。「もう、この子は何をさせてもグズなんだから」って、そう言って女の子を攻撃してるんです。そしてその子にポップコーンの入った箱を持たせました、お爺さんにはソフトクリームを持たせました。そして「すぐに戻るから、ここでじっとしてて」と言って、ご夫婦でどっかに行ってしまったんです。
▼二人はおやつを食べて、待っているだけで良いんですね。ところが女の子がベンチに座り直そうとした時、持ってたポップコーンの箱を地面に落としてしまったんです。それを見たお爺さんは「あぁ〜」と身を乗り出した拍子に、自分もソフトクリームを落としてしまったっていうんですね。「なんて鈍くさいお爺さんと孫なんだろう、こういうことが今日も一日ずーっと続いていたんだろう、だからあのお母さんは怒ってたんだろうな」友人はそう思いながら、▼これで母親帰ってきたら大変なことになるぞ」とドキドキしながら見ていました。
するとそこにモップを片手に持った洒落た制服のお姉さんが、「大丈夫ですよー」と現れてあっという間に地面を掃除して行きました。さらに彼女はこの二人の前に戻ってきて、新しいポップコーンとソフトクリームを笑顔で手渡して去って行ったっていうんです。
▼お爺ちゃんと女の子はどうなったと思いますか。笑顔でいっぱいです。はっきり言って、ポップコーンを落とす前より喜びでいっぱいです。失敗する前より失敗した後の方が幸せそうな顔をしていたそうです。しくじらなかった時より、しくじった後の方が喜んでいます。何故でしょう。取り返しのつかない恥を、大きな親切でカバーされたからですね。私はこれが「福音」だと思うんです。
▼聖書の語る「福音」っていうのは、一度も失敗しない人のためにあるのではありません。間違わない立派な人のためにあるのではありません。道を踏み外し、大切なものを失い、目的を見失い、あるべきところからズレて自分では取り返しのつかなくなった全人類のために、神が下さった解決の道なんです。ある時キリストはこうおっしゃいました。
「私が道であり、真理であり、いのちなのです。私を通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」。道って何でしょう。
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	<pubDate>Sun. 06 Jan.2008 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.405　救いに至る悔い改め</title>
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さていよいよ今年最後の番組になりましたが、この一年はどんな年でしたでしたか。ある方にとっては絶好調の一年、またある方にとっては辛いことばかりが続いた一年ですね。しかし良くても悪くても、その一年を実りあるものとするために必要な態度が聖書に示されています。それは悔い改めという態度です。

▼聖書はこう言っています、「神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。」ここに、悲しみを実りあるものにする秘訣が出てきます。悲しみに有ったとき悔い改めるならば、救いに至って言うんですね。では悔い改めとは何でしょう、3つあります。

▼第一に考えを変えることです。90才を超えて現役ドクターを続けている聖路加病院長日野原重明さんは「現代人は健康ということにこだわり過ぎる余り、かえって病んでる」という風におっしゃってます。どういう意味なんでしょう。彼に言わせると、健康とは例え病気を持っていても上手に生きる姿だ、と言うんですね。つまり病気を持っていても、健全な魂を持っていたらそれは健康なんだ、って言うんですね。
糖尿病でも高血圧でも心臓病でも、薬を飲みながらであれば普通の生活ができます。普通の生活ができるのに、自分は糖尿だ高血圧だと気に病んでいるなら、それは今まで健康というのは全く病気が無いことであるとあまりにも言い過ぎたためだというんですね。

▼人間は病むものなんだ、生まれたときから欠陥の無い人なんかいない、完全無欠が健康なんじゃない、そんなのは初めから無い、病気を持っていても健康的な心で生きている人が健康なんだ。こんな風に健康に対する考えを変えると、健康というプレッシャーから開放されるんですね。今まで思い込んでいた考えを変えることで、見えなかったことが見えてくるということがあるんですね。それは人生についても言えるのではないでしょうか。
今まで自分の人生は自分のためにある、自分の私物であって自分の好き勝手に使うために有る、と思いこんで来ました。しかし人生は神から貸し与えられたものだとしたらどうでしょう。やがて神様にお返しする時が来るとしたらどうでしょう。てっきり自分のものだと思ってきたけれど、実は神のものだとしたらどうなるでしょう。

▼アメリカのショッピングセンターに一人の主婦が新車で乗りつけ、買い物をして車に戻りました。するとどうでしょう、愛車に見知らぬ4人の若者が乗り込んで、ポテトチップスを食べながらふざけているではありませんか。彼女はカーッと頭に血が上り「あんたたち、出て行きなさい！」と叫びました。ところが4人は完全無視の態度を決め込むんです、彼女は最後の手段に出ました。ハンドバックから護身用のピストルを出して、「出ろ」と命じたのです。4人の若者は命からがら、車から飛び出して逃げて行きました。彼女は車に乗って、自分のキーを入れて回そうとしました。ところが回らないんです。何度やってもエンジンが掛かりません。どうして？っと思ってふと隣を見ると、同じ車種の車が止まっているでは有りませんか。なんと彼女は隣りに停めて有った自分の車と勘違いして、他人の車を乗取ってしまったのです。4人の若者が自分の車に乗り込んでいる、考えていた時には怒りでいっぱいでした。しかし自分こそ他人の車を乗取ってしまったと分かった瞬間、後悔でいっぱいになったんです。それは考えが変わったために起こった悲しみです。人生は神のものです。

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	<pubDate>Sun. 30 Dec.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.404　あなたの心にクリスマス</title>
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さて12月になると、日に日に日照時間が短くなりますね。冬至をピークとして夜がどんどん長くなるんです。でもその冬至の翌日から夜が短くなり始めるんですね。やはり人間、暗いより明るい方が好きですね。ところで「明るい」という言葉、これはかるいということばに「あ」という字がついて明るいになるんですね。
明るい人って何でしょう、余計なものを全部捨てて身軽になってる人です。重荷を捨てて身軽になってる人こそが、明るい人なんですね。そしてキリストは人間を押し潰そうとしている「罪」と「死」という重荷を取り除いて、私たちを明るくするためにこの世に来てくださったのです。このキリストの到来を記念するのがクリスマスですね。
聖書にこう書いてあります、『「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。』
▼さてここにクリスマスの3つの意味が語られています。
第一にキリストは、罪人を救うために来た、ということです。ところで聖書の語る「罪人」とはいったい何でしょう、神との関係を切ってる人のことを罪人っていうんですね。私は今から数年前、ピーターパンというミュージカルを見ました。永遠に大人にならない少年ピーターパンが、少女たちを連れてネバーネバーランドというところに行って活躍するファンタジー物語なんですね。
ところでピーターパンにはモデルがいました。それはほかならぬ作者のジェイムズ・バリーその人でした。ジェイムズにはとてもできの良いお兄さんがいました。ところがスケート中に事故で亡くなってしまうんです。ジェイムズにとってもショックでしたが、何よりそのお兄さんを溺愛していたお母さんが立ち直ることができず、その日から寝たきりとなり弟のジェイムズの面倒を一切見なくなるんです。お母さんを失った悲しみでジェイムズの身長は153cmでストップします。その後結婚しますけど、普通の生活ではありませんでした。
彼は近くの公園で犬や子供たちを遊び暮らす中で、ピーターパンを書くんですね。ピーターパンの決まりポーズである、腰に手を当てて口笛を吹くスタイルは、お兄さんがよくしていたポーズでした。ジェイムズは何とかお母さんを振り向かせたい一心で、お兄さんのように振る舞っていたんです。彼は一方的に切られてしまったお母さんとの関係を何とか回復するために、お兄さんのクローン人間になろうとします。しかしそれによって母親の関心を取り戻すことは最後までできませんでした。見捨てられ関係を断ち切られたとき、その悲しみのゆえに心ばかりか時には肉体の成長までもが止まってしまうほどに、人間は人格的に作られているんです。
▼人格あるものにとって、最も残酷なる仕打ちは関係を一方的に切られることです。そして人間は自分を造って下さった創造主に対して、関係を一方的に切って生きています。「神なんか居ない」と言って生きてるんですね。この神に対する絶縁の生き方を「罪」と言います。

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	<pubDate>Sun. 23 Dec.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.403　飼い葉桶から栄光の天へ</title>
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藤本義一さんのエッセイの中に、小学四年生の男の子が書いた作文が紹介されていました。この子のお父さんはひき逃げされた上、死んでしまいます。補償金もまだ出ていません。「これから生活どうなって行くのか」というそんな中で、母親と少年の二人暮らしが始まります。お母さんは近くの漬物屋さんでパートとして働きながら、家に戻ると深夜に至るまで内職の仕事をします。
▼ある時少年は「夏休みに一番うれしかったこと」というテーマの作文の宿題をもらいます。しかしこの夏はレジャーどころの話じゃなかった、日々の生活で精いっぱいで、どこにも出かけることは無かったんですね。しかし少年は作文に次のようなことを書いたというのです。雨上がりの窓の下で、夏休みの工作の宿題をしている自分の後ろでは、お母さんが内職の針仕事をしていたそうです。その時、西の空に目の覚めるような夕焼けが広がってる。茜色に輝く太陽がゆっくり沈んで行く。それで『お母ちゃん、夕焼けや、きれいで。」と言うと、母親は仕事の手を休めて自分の隣りに並んで座ってくれた。そしてお母さんは、夕日が沈むまで30分以上黙って少年の隣りに居てくれたっていうんです。それが一番うれしかったって言うんですね。父親というでっかい存在を無くした少年の心を穏やかに支えたのは、夕焼けに感動する少年のすぐ隣りに寄り添って共感してくれたお母さんの存在です。
▼人間って生きてるかぎり、いろんなものを失って行きますね。父を亡くし、母を亡くし、友を無くし、ある時は財産を無くし、信用を無くし、自信を無くして行きます。人生とは次々と手元にあったものが無くなって行くプロセスかも知れません。しかし多くを失っても、それを埋め合わせて余りある方が傍に付いていてくださるなら、人は貧しさの中でも充分に満たされた生涯を生きることができるのです。そして、大切なものを沢山無くし続けている人間の傍に寄り添い、回復を与え、罪の赦しを与え、永遠の命を与えるために、キリストは人となってこの世に来てくださいました。この歴史的事実を思いおこす機会が、クリスマスなんですね。聖書にこう書いてあります、
「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。」さて、ここにキリストがこの世界に到来した3つの理由が書いてあります。
▼第一に人間に仕えるために来てくださったっていうんですね。人に仕えるために、神なのに人間となってこの世に降りて来られたっていうんです。
ところで便利屋さんっていう仕事がありますね。何でもやってくれる、何でも屋さんです。この便利屋第一号、元祖便利屋にして、「便利屋」という名称を作り出した人物は………
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	<pubDate>Sun. 16 Dec.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.402　羊飼いとクリスマス</title>
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私は先月ギックリ腰をやってしまいました。噂には聞いていましたが、いや痛いですね。座っても痛い、うつ伏せても痛い、仰向けても痛い、近くでトラックが通っても痛い。しかし、どうしても行かなければならない約束があったので、翌日コルセットと鎮痛剤を入れましてある場所に行きましたが、薬なんて20分も効かないんですね。それで少しでも楽な姿勢は無いかと試してみて発見したんです、楽な姿勢を。どんな姿勢でしょうか。両足を肩幅に開いて、背筋をピンと伸ばして遥か前を見つめることです。これが一番腰への負担が少ないんですね。真っすぐな姿勢が一番楽なんです。私はそれまで猫背で、力を抜いた状態が楽チンだと思ってました。しかし健康な時に楽な姿勢ほど不健康な姿勢は無いんですね。私は腰の痛みによって、ゆがんだ姿勢からの卒業を促されているように感じています。そしてこれは人生についても言えることではないでしょうか。
▼人生で降り掛ってくる痛い問題は、今までの生き方を再検討させ、訂正させ、考えを改めさせるための神様の導きではないかなと思うんですね。人はその人にふさわしい問題に出会うんです。これはたたりとか因縁のことを言っているのではありません。その人にとってそれが問題なのは自分の実力では解決できないから問題なんですね。
問題はそれまでのその人の有りようや、限界を明らかにするための神様の手法のように思うんです。問題は人をダメにするためではなく、その問題を通して心を神に向けさせ、今までのやり方を撤回させ、そしてキリストに近づくためにあるように思うんです。
▼では、このキリストとは一体誰なんでしょう。キリストの誕生は一体誰のため、何のためなんでしょう。聖書にキリストの誕生当日の記録がこのように書かれています。「さて、この土地に、羊飼い達が、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。御使いは彼らに言った『恐れることはありません。今、私はこの民全体の為のすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。』」
▼さて、聖書によるとキリストの誕生を最初に知らされたのは野宿で夜番をしていた羊飼い達でした。ところで今の世の中にはいろんな仕事がありますね。夜中に働く仕事も沢山有ります。しかし夜中に野外でする仕事って、そんなに沢山無いと思うんですね。私は学生時代、道路工事のガードマンをしていました。一晩中赤い懐中電灯を振りながら、工事現場に車が来ないように誘導するんですが、一番きついのは明け方の少し前です。何故きついかと言いますと、車が１台も通らない時間帯があるんですね。それなのに立ってないとダメなんです。やることが有る時は時間は過ぎて行くんですが、やることが無い状態で12月の寒空、明け方前の寒さの中で、ただ見張ってるという仕事は今思い出しても辛かったなぁと思うんですね。
▼今から2000年前、ユダヤのベツレヘムの野で羊飼い達は徹夜で羊達を見守っていました。
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	<pubDate>Sun. 09 Dec.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.401　クリスマスの意味</title>
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いよいよ今年最後の月になりましたね。街はクリスマスのお祝いムードで一色です。でもクリスマスって何の日なのか、何を記念する日であるかについて知らないままに祝われていることが多いと思うんですね。
クリスマスって何でしょうか、キリストの誕生を記念する日なんですね。さて聖書の中に婚約者から神様の力で妊娠させられたと聞かされて、うろたえているヨセフという人物のことが出てきます。
▼こう書いてあります「彼がこのことを思い巡らしていた時、主の使いが夢に現われて言った。『ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。』この全ての出来事は、主が預言者を通して言われたことが成就するためだった。『見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』（インマヌエルとは神は私たちとともにいる、という意味である。）
ここからクリスマスの３つの意味が読み取れると思うんですね。
▼第一に神は約束を守る方だということです。昔、内村鑑三というクリスチャンが、ヨブ記の講演の締めくくりに一つのエピソードを語りました。イギリスのある陸軍大将が自宅でお客を招いて晩ご飯を囲んでいました、ところが突然「あぁ、そうだった。」と言って立ち上がった。「何ですか」と訊く客に対して大将は言いました「実は夕方にロンドン橋の上で、息子と会う約束をしていたのを思い出した。今からすぐに行ってくる。」
「いや、こんな時間まで息子さんが待ってる訳がありません、そのうち諦めて帰ってきますよ。」しかし大将は言うんですね「息子には軍人教育を施してある、彼は待てと言えば何があっても何時までも待ってます。」そう言って、馬車を走らせて橋に行きますと、夜遅いのに息子はじっと待ってたというんですね。彼を抱いて馬車に乗せて連れ帰った時、大将は客の前で息子を大いに誇って見せたというんですね。どうして息子は待てたんでしょう。父親の気性を知っていたからです。「あの父は必ず何があっても約束を守り抜く父だ。自分に分からない理由で遅れてはいるけれど、父は必ずやって来る。何故なら父自身が約束したんだから、父はそういう人なんだ。」
▼神様はこの父親以上に、あなたの父なる神です。あなたのことをうっかり忘れることなど無い方です。そしてこの神様は旧約聖書の中で、沢山の約束をなさったのです。その最大の約束は、人類を救う救い主を処女から誕生させるという約束です。「この全ての出来事は主が預言者を通して言われたことが成就するためだった。」というのは、神は約束どおりのことを人類歴史において実行しましたよ、という宣言なんですね。
▼第二に「キリストはインマヌエルとなるために来た」とあることです。インマヌエルって何でしょう。神が私たちとともにおられるという意味です。
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	<pubDate>Sun. 02 Dec.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.400　当たり前ではない神の救い</title>
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さて、今日でこの番組は400回目を迎えます。今まで一度も途切れることなく続いたのには、いくつか理由があります。その一つは実は内容的には、いつも同じことを語っているからです。毎週毎週、言ってることは同じなんです。「何でしょう」それはイエス・キリストによる救いです。キリストはあなたが、罪と死の恐怖から救われるために必要なことを何もかも成し遂げて下さった方です。私はこれからもこの内容を変えるつもりはありません。キリストにこそ全ての解決があると確信しているからです。
▼さて、今年2007年はゲーテが亡くなって175年目に当たるそうです。ゲーテという人は才能と天分の塊のような人なんですね。詩人であり、作家であり、舞台監督であり、哲学者であり、自然科学者であり、政治家であり、ワイマール公国の総理大臣でもありました。しかもどのジャンルについても、第一人者になった人物です。ところが彼は晩年に自分の生涯を振り返ってこう言うんですね、「結局私の人生は、労苦と仕事以外の何ものでもありませんでした。75年の人生で本当に楽しかったのは4週間も無かった。私の人生は毎日、転がり落ちそうになる石を絶えず押し上げているようなものだったのです」。
▼あれほどスケールの大きい仕事を成し遂げた人でも幸せじゃなかったとするなら、一体誰が幸せになれるんだろう。そんなことを考えてましたら我が家の末っ子が学校から帰ってきました。そして「私は幸せや〜」と言うんです「何で」と訊きますと「今日、サキソフォンで上のミが出た」って言うんですね。幸福とか感動というものは成し遂げた仕事の大きさでは計れないようですね。どんな大きな成功を収めても、当たり前だと思うとあんまりうれしくありません。しかし、どんなに些細な出来事でも、当たり前じゃないことが身の上に起こったんだと思える時には感動するんですね。感動的な人生とはいかにドラマチックな経験をするかではなく、どれだけ当たり前じゃない特別な恩恵を受けているかに気づくことができるかどうかにかかっているように思います。
▼私は先日、自転車の空気が抜けてしまったので、なじみの自転車屋さんに持って行きました。店のおじさんは虫ゴムを換え、空気を入れ直し、ブレーキの調整をした後で「はい、出来上がり」と言って料金取らないんです。「これくらいサービスしておくよ」と言って、無料で修理してくれました。私はとてもうれしくなったんですね、タダで修理してくれたからです。ところで私たちは毎日毎日、タダで修理してもらってることに気づいていますか。何を修理してもらってるんでしょう、体です。
▼3年前、私は爪がめくれ上がりましたが、今は元通りになっています。2年前火傷しましたが、すっかり治ってます。去年突き指しましたが、今は何ともありません。今年の夏、蚊にくわれた後をかきむしって血が出ましたが、今は跡形もありません。私たちの体は毎日毎日新陳代謝と免疫システムで保たれているんですね。私たちの体の中にある自然治癒力が、怪我に対しても、病気に対しても元に戻してくれるんです。このシステムを作った方は神です。
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	<pubDate>Sun. 25 Nov.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.399　史上最強の弁護者</title>
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さて私は日本各地を旅行することが多いのですが、一番たくさん利用する交通手段は何と言っても新幹線です。大体年に60回くらい乗っています。時間に正確で乗り継ぎが良くて、スピードアップするごとに静かになって行くという、まさに日本の鉄道技術の華だと思います。
▼実はこの新幹線設計のプロジェクトには一人のクリスチャンが深く関わっていました。その人の名は、三木忠直という方です。彼は東大工学部出身の技術者で戦争中は海軍省に入り、陸上爆撃機「銀河」や特別特攻機「桜花」を設計したのです。この桜花という特攻機は爆撃機の腹の下に吊るして、機体に１トン爆弾を抱き込んだ一人乗りロケット機です。敵空母に高速で体当たりする為に造られた人間ミサイルなんです。一旦爆撃機から切り離されたら、二度と帰還することが無いものなのです。このプランを提示された時、三木さんたち技術者集団は反対しましたが、本省の命令で設計するしかなかったのです。そしてこの悲劇的な兵器は、米軍の制空権のもとでは大きな戦果を上げることもなく100人近い若者が戦死して行ったのです。
▼敗戦を迎えた時、三木さんは桜花を設計したことを深く悔やみます。あの時「作れない」と言って、断固突っぱねていたら完成しなかったのではないか、自分は何という絶望的なものを作ってしまったか。しかし、どんなに悔やんでも、してしまった罪は帳消しにすることはできません。この罪責感で彼は押しつぶされそうでした。ところが彼の奥さんとお母さんはクリスチャンでした。二人は三木さんに教会に行くように勧めたのです。そして生まれて初めて門をくぐった教会で、その罪の重荷を彼に代わって我が身に背負い十字架にかかって死んで下さったイエス・キリストを示されたのです。
▼「私の罪は赦された、何故ならキリストが代わりに罪の刑罰を受けて下さったからだ。」福音は彼の魂に届いたのです。彼は自分の重荷をキリストが取り去って下さったことを信じ、37歳の誕生日にバプテスマを受けたのでした。
戦後、三木さんは運輸省鉄道技術研究所に入りました。航空機畑の彼が、何故鉄道を選んだんでしょう。自動車関係に行ったら、戦車の開発に至るかもわからない。船舶関係に行けば、軍艦開発に繋がるかも知れない。自分は何としても、平和に利用できる鉄道の世界で技術を役立てたいと思ったんだそうです。これが新幹線プロジェクトチームに入るスタートだったそうです。
▼さて聖書の中にこう書いてあります。「罪に定めようとするのはだれですか。死んで下さった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。」
ここに人の罪がキリストによって赦される理由が二つ書いてあります。第一にこの方は私たちの罪の身代わりとなって、死んで下さったという事実です。この事実が罪の重圧にもがく三木さんに平安を与えたのでした。しかしもう一つ理由があるんです。
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	<pubDate>Sun. 18 Nov.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.398　創造科学は愛を語る</title>
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私は先日、宇佐神実さんという科学者のエッセイを読んで、目からうろこが落ちたように思いました。彼によると進化論は、科学の装いを持ってさも事実であるかのように紹介されることが多いんですが、本当は自然界の現実に合致しない点が非常に多いって言うんです。その一つに現在の世界人口があるって言うんですね。
▼現在、世界の人口は67億人です。進化論によると人類が出現したのが5万年前です。ということは5万年で67億人になったて言うんですが、これはどうシュミレーションしても合致しないって言うんですね。どう合致しないんでしょうか。6７億は少な過ぎるって言うんです。聖書によると最初の人間が作られたのは6千年前です。多く見積もっても1万年前です。そのように聞くとたいていの人は、たった6千年で67億に人口が増えるなんて、そんなものは有り得ないと感じると思います。しかし人口というのは倍々ゲームで増えてるんですね。人口はこの40年で2倍です。これには病死や飢饉で亡くなるケースも含まれています。計算すると人口増加率は2％を少し切ります。これを分かりやすく換算すると150年で人口が2倍になると考えて下さい。これは現在の人口増加率よりはるかに低いものです。すなわち、最初の男女から150年経って2人が生まれ人口は合計4人になる。さらに150年経つと人口が2倍の8人になる、このようにして4800年過ぎると人口はいくらになると思いますか？86億人です。現在の人口より20億人も多くなってしまうんですね。
▼聖書の中にはノアの洪水の記録が書かれています。この洪水事件を聖書に立脚して計算しますと、紀元前2400年頃になります。すなわち今から約4400年前です。ノアの洪水で生き残ったのは、ノアの家族8人だけです。この人数で人口が150年で2倍になるという計算式をあてはめていくとどうなるでしょう。8人から始めるので、2人からスタートするより300年分経過していることになります。したがって4400年＋300年で、4700年が経過したことになりますね。先に4800年で人口は86億人になると言いましたが、それを考えると4700年で人口67億人というのはとても合理的な数字になるんです。もし進化論が言うように、人類歴史が5万年だったら人口はどうなってると思いますか？10の100乗人です。これは1の後ろに0が100個ならぶ数です。1兆でも10の12乗ですよ。10の100乗なんて単位で、これは表すことができない天文学的な数字なんですね。
▼さらにこの5万年がおかしいということを裏書きするものに、考古学的証拠があるんです。私たちが世界史で必ずふれる、4大文明というのが起こったのは数千年前です。数万年前ではないんですね。しかも実際の考古学資料の記録は聖書の歴史記録とほぼ一致してるんです。古代文明の巨大建築物を見ると、現代のハイテク技術をもってしても到達できないようなテクノロジーが駆使されてるってことが分かるんですね。
▼進化論が事実なら、古い人間ほど遅れた、動物により近い、劣等なものであるはずなんですが実際はその逆なんです。人類の祖先に近い世代は、現代人が想像もつかないような知恵と知識を持っていたということが分かるんです。
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	<pubDate>Sun. 11 Nov.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.397　いのちを得させる神の愛</title>
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私は先日ベルテンポ・トラベルというユニークな旅行会社のことを知りました。この旅行会社は体の不自由な方や、年老いて体力に自信を失って海外旅行を諦めてしまった方々の夢をかなえる企画をしています。社長の高萩さんの社会人生活第一歩は、小田急の切符切りだったそうです。さて鉄道会社の新人がやらされる仕事の一つは、酔っ払い乗客の対応だそうです。グデングデンに酔っぱらって、電車やホームで動かない人を起こすんですが、これがなかなか大変な仕事だっていうんですね。「お客さん、終点ですよ」「お客さん、この電車は車庫に入りますよ」、そんなことでは起きないんですね。酷い時には殴りかかってきたり、飛びかかってきたりする人もいるっていうんです。ところが彼はどんな酔っ払いでも3秒で立ち上がらせる言葉を見つけたのでした。「お客さん、こんなところで寝ていると風邪を引きますよ」この気遣いの言葉は、他のどんな注意叱責よりも効き目があったそうです。
▼愛の言葉は人を立ち上がらせるんですね。人間はどんな状態になっても、またどんな人であっても愛されたいと思ってるんですね。この愛の欲求が満たされていない時、人は生きる気力を失ったり、やり遂げる意志を無くしたり、ヤケを起こしたりするんです。そしてモノにあふれるこの日本で自ら命を立つ人が毎年3万人以上もいるのは、本物の愛の源から離れてるからではないでしょうか。
▼本物の愛の源とは誰でしょう。あなたをお造りになったまことの神様です。聖書はこう語っています、「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち、神がこれほどまでに私たちを愛して下さったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。」
▼今から2000年前、イエス・キリストは十字架にくぎ付けられました。キリストは裸にされ、むち打たれ、棒で殴られ、唾をかけられ、あらん限りの悪態をつかれ、立っているだけで精いっぱいという体力の限界の中で十字架に磔にされたのです。その処刑方法があまりにもむごたらしいものであったので、イエスの弟子も皆逃げてしまったんです。しかし唯一人十字架処刑現場に行って、キリストの最後のひと呼吸までを見届けた弟子がいました。それが今読んだ聖書の個所を書いたヨハネという人です。彼は後に復活したキリストと出会った時にわかったのです。あの十字架にこそ神の愛が現われている。身の毛もよだつあの十字架にこそ神の愛がこの上もなく示されている。なぜなら十字架にかかったキリストは人間の罪の身代わりになって死んで下さったのだからです。
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	<pubDate>Sun. 04 Nov.2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.396　紅粉船長を支えたもの</title>
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半分水の入ったコップに対して、二つの見方があると言われますね。半分しか入ってないという見方と、半分も入っているという見方です。しかし第三の見方があります。「誰かが半分も残しておいてくれた」という見方です。水やコップが偶然出てくるわけがありませんね。誰かが準備しておいてくれたからこそ、そこにあります。目の前にあるコップと水だけでなく、そこに姿の見えない誰かの配慮と好意に気づくことのできる人は、幸いです。ひどい事件やガッカリすることが多い現実の中で、あなたに配慮しあなたを支える目に見えない神がおられることに気づく時、人は多いに勇気づけられます。
▼私は先日、紅粉勇さんの手記を読みました。この方は今から24年前、北朝鮮に不当逮捕され6年11ヶ月に渡って抑留された人物です。彼はもともと北朝鮮のハマグリを日本に運搬する第十八富士山丸の船長でしたが、ある時船内に北朝鮮からの密航者が潜んでいたのです。日本に向かう途中でこれに気づいた紅粉船長は入国管理局に言いました、そして係官に密航者を引き渡します。しかしその係官は「日朝に国交は無い、だから密航者を送還し費用は会社が負担する」という念書を書かせたのです。ところが密航者は日本にいる間に、亡命申請したので乗せることができなくなりました。しかも紅粉船長には亡命について、全く知らされなかったのです。もし亡命を知らされていたなら、彼も出港しなかったでしょう。紅粉船長は改めてハマグリを北朝鮮現地で積んで帰ってくる業務命令に従って出港しましたが、北朝鮮の港に着くなり機関長とともに呼び出され、一ヶ月間の長時間尋問の上にでっち上げ陳述書を捏造され、そうしてスパイに仕立て上げられてしまったのです。それは恐ろしい経験でした。
▼しかし彼は十年前に教会へ通い、クリスチャンになっていたのです。クリスチャンといっても週に１回、日曜に教会に行く程度で決して熱心に御言葉、聖書を学ぶ人ではなかったそうです。しかし捕まって１ヶ月後1983年12月4日の早朝、彼は心の底から神をお呼びしたそうです。「神様、私の言うことは北朝鮮ではだれ一人として聞いてくれません。私は犯したことの無い恐ろしい罪に陥れられて行くんです。どうぞ助けて下さい。」その時、二つの聖書の言葉が鮮明によみがえったというんです。
▼「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」それは半年前、日本に居る間、教会で聞いたメッセージ個所でした。そしてもう一つは「見よ。わたしは世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」この聖書の言葉は、色紙に筆で書かれたものです。義理のお父さんが牧師さんから貰ったものでした。それは自宅の一室に掛けてあったものです。この二つの御言葉がはっきりと自分の胸に迫ってきたっていうんです。それは聖書の言葉をもって、神が自分に語りかけて下さったことでした。
▼誰一人として自分の真実の声を聞き入れてくれない状況の中で、ただ神様だけが知っていて下さると思うと、彼はうれしくてうれしくて部屋の中を跳ね回り、ベッドの角に足をぶつけても、痛さを忘れて歩き回ったそうです。警備兵は「こいつは気でも狂ったのか」と訝しそうに見つめていたそうです。しかし彼は涙を流し神様に初めての感謝の祈りを捧げたのでした。
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	<pubDate>Sun. 28 Oct2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.395　キリストによる和解を受け取る</title>
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先日新聞に医療ミスの情報公開記事があり、その多さにびっくりしました。患者の取り違えで悪くもない臓器を切り取られたとか、血液型の間違いで死に至ったとか、唖然とするような事例が列記されていました。医師になる方というのは、どこの国でも最高の知的レベルにある方々ですね。言わば出来る人たちです。出来る人たちでもミスはあるのです。では一体どうすればミスをなくすことが出来るんでしょう。
▼この人間のミスや人間の失敗について研究する学問が失敗学です。この考え方によると経験を積んでもミスは無くならないそうです。なぜなら経験を積んだ医師ほど多くの負担を負わされているからです。多くの訓練を経て、人の２倍のスピードで外来患者をこなせるドクターのところには、技量の低い医師の２倍の患者がやって来るんです。結局経験の豊富さがよりストレスを呼び込むことになるんですね。
▼それからマニュアルを作ってもミスは減らせないというんですね。なぜなら人はマニュアルを守らないからです。いかに事故防止マニュアルが完璧な内容であっても、それを実行する人が不完全なので「気をつけよう、ひやりハッと防止」という号令ごときでは、どうにもならないというんですね。
▼ところで、人間によるミスを防ぐ研究が、最も進んでいるのは航空業界だそうです。空飛ぶ輸送機関では、一歩間違うと大惨事に至りますね。失敗が生まれにくいシステムの研究が進んでいるんです。ではいったいどのようにしてミスを減らすんでしょう。一言で言うと他人の介入をゆるすシステムを作っているということなんです。チームの力でミスを減らそうとするんですね。
▼飛行機の中では最高指揮官は機長です。しかし、機長の隣りに副操縦士がいます。また管制官やパーサーもいます。こういう脇を固める人たちの意見を手がかりにして状況を判断すると、かなりの数の事故は防げるというのです。そのための出発点って何でしょう。それは、もしかしたら自分は間違っているかも知れないと、考えることなんです。そして、不透明な状況の中では出来るだけ「もしかしたら自分は間違っているかも知れない」と口に出し、一歩立ち止まることだそうです。間違っても「トップが弱いところを見せるなんてプライドが許さん」とは考えないことです。このように口に出して言うことで、周りの者にも考える余裕が与えられ、間違いを指摘する時間が与えられます。
　医療機関でも適用できることだそうです。医師と言えども人間ですね。焦っているときや精神的に追い詰められているとき、極端に忙しくて限界に達しているとき、「落ち着け、落ち着け」などと言われても何の効果も期待できないんですね。他の医師の介入が自動的にはじまるようなシステムを作ることによって、解決できるって言うんですね。
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	<pubDate>Sun. 21 Oct2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.394　心の清い者は幸いです</title>
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私は先日、長島孝行さんという農学博士の書いた「昆虫能力の驚異」という本を読みました。その中で人間が嫌っている吸血昆虫、なかでも蚊の能力の解説を読んでビックリしたんですね。蚊は細い細い注射針のような口で人間から血を吸うんですが、実は血というのは空気に触れるとすぐに固まる性質を持っているんです。また人によってはコレステロールたっぷりのドロドロの血液の人もいるはずなんです。
▼もしそんな血を吸ってる途中で、管が詰まってしまったらどうなるんでしょう。これは蚊にとっては致命傷ですね。ところが実際は血の塊で咽が詰まって死んだ蚊というのは１匹もいないんですね。何故でしょう。実は蚊は血液を吸う時、血をサラサラにする物質を出しながら吸ってるっていうんです。しかもその物質は人体にはなんら影響を与えることが無いって言うんですね。そこでこの蚊の唾液、つまり血をサラサラにしてくれる物質が俄然注目されているんです。と言いますのは、日本人の三大死亡原因の一つが脳血管障害だからです。もしこの物質を取り出して、大量生産できたら画期的な脳梗塞の特効薬ができるんです。そして現に、三重大学医学部の鎮西教授たちがこの物質を特定して新薬の開発中だっていうんですね。
▼ところで、あの小さい蚊の頭で、どうやってそんな夢のような物質を作ってるんでしょうか。最先端医学の研究者達が何年も何年もかかって、まだ完成してない物質を蚊はどのようにして編み出したんでしょうか。もちろん蚊が設計して意識して、そんな物質をこしらえたわけじゃないでしょう。初めからそういう物質を分泌するように蚊のDNAの中に書き込まれてあるんです。蚊がそのような物質を作ったのではなく、蚊にそのような物質を作る能力を授けた方がいるのです。この命の造り主のことを聖書は神と呼ぶのです。
この自然界を見渡すと人間の研究者にとって、モデルやヒントになる智慧やアイデアが満ちています。そしてそれらの智慧やアイデアはあまりにも見事で、やはりこの世界を造られた設計者がおられると考えるのが一番合理的な説明だと思います。
▼さて聖書の中にこういう言葉があります。「心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るからです」。さて「心がきよい」ってどういう意味でしょう。これは心になんの罪も無い、何の汚れも無い聖人君子のような心情のことを言っているのでしょうか。そうでは無いんですね。きよい心、の「心」という単語はですね、ギリシャ語でカルディアっていう言葉なんです。そしてその意味は思考とか、考えという意味があるんですね。「きよい心」というのはきよい考え、きよい思考と訳すことができるのです。
▼では「きよい」っていうのはどういう意味でしょう。それはあるがままの状態で神の前に進み出るという態度なんです。ひとことで言うと正直になる、誤魔化しをしないでありのまま正直な姿で自分をあらわすことです。神の前に自分を偽らずに正直なままで立つ、神様の前に自分の限界を認めて行く人のことですね。
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	<pubDate>Sun. 14 Oct2007 07:45:00 +0900</pubDate>
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	<title>No.393　理由なしに愛される</title>
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私は先日、イラク復興支援のためにサマワ地区に派遣された陸上自衛隊第1次隊長、番匠幸一郎さんの講演記録を読みました。あの時陸上自衛隊の隊員たちは、定員200名の枠に殺到したのです。そんな隊員たちのトップに立った番匠隊長が心に決めたのは、全員無事に帰国させるということでした。そして、そのために作戦を立てたのです。名付けて「ABCD作戦」です。どんな作戦なんでしょうか。「当たり前のことを、